今から7年前、
東日本大震災の年にさかのぼる


同年3月、
まさか まさかの 大学卒業
(大学については、またの機会に)


発症からの目標 
復学したい‥その思いを叶え復学‼︎
そして、卒業
親子二人三脚で大仕事が終わると、
パワーを使い果たした わたし‥


しばらくの間、
放心状態が続いたことを覚えている


卒業はしたものの‥
次なる目標は⁈ どうするべきか⁈  


復学してからは
リハビリの時間が少なくなっていたので
卒業したら、歩行訓練に力を入れたい
歩かせてやりたい‥と、強く願っていた


だから、
プールに通おうー‼︎ 
そして、歩行訓練をしようー
そう‼︎ 思っていた‥


子どもの頃に
スイミングスクールに通っていたよね‥
だから、私の心と身体が元気になったら
Rさんへ 連絡しよう


同年7月
プールでのリハビリを開始

特別なコーチもいないので
水の中で不安定なハラッチョを支え
一緒に私もプールへ入る

あんなに密着して入るのは
ベビースイミング以来だった‥



プールには、Rさんのお友達
オーストラリア人のJさんも居て
優しく熱心に
あの手この手で趣向を凝らし
息子の専属コーチを勝って出て下さった‥


それは、まるで
イングリッシュ スイミング ‥

Jさん 「Go ! Go!」

Jさん大好き
英語大好き ハラッチョは
きつい練習も楽しく頑張れた‥


水をかく! 
両腕だけの平泳ぎスタイルは
麻痺のため左右差があり 真っ直ぐは進まない
全てのタイミングを合わせるのが大変で
苦しそうだった‥


プールを始めて
2年が経過した頃だったか‥

当初は泳ぎ方も息継ぎの仕方も
忘れていたハラッチョが、
Jコーチ・Rさん・皆さんの励ましのお陰で
1キロを泳げるようになる


キツくても、
本人、プールを何往復しているか
覚えていないのが良かったと思う‥
お陰で身体は逆三角形、体幹が鍛えられた


しかし、歩行は
プールサイドを右手で抑えて歩くだけ
左麻痺が強いハラッチョ、逆方向は難しかった


当初、ハラッチョの衣服着脱を
男子更衣室で手伝っていた私だったが、
プール関係者が手伝って下さるようになり
プール専用の車椅子に乗り換えるまで
サポートして下さる
本当に有り難かった‥


そう、そう、プールを始めてすぐの頃、
在宅リハビリの先生方
O先生とK先生も見に来て下さったな‥


何かを始める‥
多くのサポートを得ることにより、
ハラッチョの進化へ


J先生・若鮎会のお母様方・Rさん
プール関係者の皆様方へ
皆様のご厚意に御礼を申し上げます
有難うございました‼︎




Rさん↓この方
つい先日、ブログに書かせて頂いた方