癇癪が治まったのとと同じくらいの時期に、学校への行き渋りが始まっていました。
とはいえ、それまでも、幼稚園の頃から不定期に行き渋っていたため、そのうちまた収まってくるだろうとあまり心配はしていませんでした。
しかし、
登校班ではなく親と行く→強引に引っ張って行く→いやがって暴れる息子を力ずくで連れて行く→五月雨登校
になり、そのうちとうとう完全に不登校になってしまいました。
理由は、初めはなかなか話してくれませんでしたが、時間をかけて聞いていくうちに
「友達になじめずとても孤独だったから。もうこれ以上は頑張れない。」
ということでした。
息子は小学校に入ってから、1年に1度あるかないかくらいの頻度で
「俺は友達がいない。」
と言い、そのうち
「俺は孤独なんだ。誰も友達がいない。」
という言い方にに変わっていました。
まだ低学年だった息子が「孤独」という言葉を使ったことに衝撃を受け、そんなにつらいのか、いや、確かにそうだろうな、と思い、しかし、先生に相談して配慮をお願いするくらいしか、できる事は思いつきませんでした。
そしてその後、とうとう不登校になってしまった時、確かに幼稚園の頃からそれまで、ずっと友達が欲しくて本当に頑張って、それでもなじめずにいる息子を見て心を痛めてきた私は、
「もういいな。これ以上頑張れと言っては、息子の心が壊れてしまうかもしれない。」
と思いました。
しつこいようですが、息子はそれまで、本当に本当に、頑張ってきたのです。
主治医からは既に、抑うつ状態にある為、絶対に無理をさせてはいけないと言われていました。
本格的に心を病んでしまうかもしれないというリスクを冒してまで学校に行く必要はないのではないか、と主人とも話し合い、
「辛かったら学校に行かなくてもいいよ。」
と言い、息子にとって心穏やかな不登校の日々が始まりました。
そして、親としての、新たな悩みの日々も始まりました。