流浪の民 歌詞
作詞:石倉小三郎 作曲:シューマン
さて、なぜ流浪の民なのか…。時は遡り、ウサギ11才の秋、小学校5年の音楽の時間。
もう、すぐご勇退間近の 優雅で穏やかな老マダムの音楽の先生が、(ウサギたちはミス・マープル)と呼んでました。彼女はそんなイメージだったから。一枚取り出したレコード。
「良い曲だからお聞きなさい…」
と、静かにダイヤモンド針を落とした曲こそが、流浪の民…ジプシーたちの曲でした。
我がクラスは大変仲の良いクラスで、席も思い思いに腰掛けて、騒ぐこともなく、うるさくすると、誰かが注意し、注意されたら、ごめん、と謝る、ある意味、ろうたけた、クラスでもありました。
優秀かと言えばそうじゃなく、わからないことはわかる子が自主的に教える、そんなクラスでした。それまでの経緯はまた、いつか。なぜそんなクラスだったかも、またいつか。
とにかく、一度聞いてクラスが虜になった曲。
こんな難しい歌は当然歌えるはずもないけど、わかる部分は声を張り上げ、ことあるごとに歌って笑ったものです。
だから5年生が終わるまで、音楽の始まりの度に、ミス・マープルは一度だけ、流浪の民を掛ける羽目になったのですが、孫たちを見るような優しい目で、木製の椅子に深く腰掛けて、子どもたちを見つめて微笑んでいました。
ありがとう、先生。
何がと言うわけではない。
人生に於いて初めて 好きだー!って曲に会ったわけです。それもTVの流行りの曲じゃなく、クラスのみんなで、いいなー!この曲!そうだね!いいよね!って
クラシックを子どもの耳で素直に受け入れたわけです。
普段なら横に逸れる子も、数日後に口づさんでたり…笑
作詞をつけた石倉小三郎氏は ステレオタイプのジプシーの生活を歌詞にしたと、酷評されたようですが、酷評した人の裏にはそうした現実から目を背けたい事実があった償いがあるようにも見え隠れする。
それでもジプシーたちは力強く、ウサギたち子どもには 故郷を追われても どこまでも自由で明るく、心までは縛れはしないことをダイレクトに伝えた彼らがクールでかっこよかった
長くなったけれど、同窓会で、今も語られる、シューマンの流浪の民…秋の夜長…聴いてみませんか?
鳴きウサギ 拝

