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口遊〜鳴きウサギ〜

鳴きウサギ|Nakiusagi
静かに鳴く小さな声のウサギ。
青薔薇の咲く場所で、和歌・童話・詩・願いを綴っています。
2009年より、呟きのように日々を記録。
noteでは「舞香亭幻想香炉」という物語の香りを、そっと灯しています。

https://note.com/nakiusagi44



流浪の民 歌詞

ぶなの森の葉隠れに
宴寿(うたげほが)い賑わしや
松明(たいまつ)明(あか)く照らしつつ
木の葉敷きて倨居(うつい)する
これぞ流浪の人の群れ
眼(まなこ)光り髪清ら
ニイルの水に浸(ひた)されて
煌(きら)ら煌ら輝けり

燃ゆる火を囲みつつ
燃ゆる赤き炎 焚火
強く猛き男(おのこ)安らう
巡り男休らう
女立(おみな)ちて忙しく
酒を酌(く)みて注(さ)し巡る

歌い騒ぐ其の中に
南の邦(くに)恋うるあり
厄難(なやみ)祓う祈言(ねぎごと)を
語り告ぐる嫗(おうな)あり

愛(めぐ)し乙女舞い出(いで)つ
松明明く照りわたる
管弦の響き賑わしく
連れ立ちて舞い遊ぶ

すでに歌い疲れてや
眠りを誘う夜の風
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり
慣れし故郷を放たれて
夢に楽土求めたり

東空(ひんがし)の白みては
夜の姿かき失せぬ
ねぐら離れて鳥鳴けば
何処(いずこ)行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
何処行くか流浪の民
流浪の民

作詞:石倉小三郎 作曲:シューマン


さて、なぜ流浪の民なのか…。時は遡り、ウサギ11才の秋、小学校5年の音楽の時間。

もう、すぐご勇退間近の 優雅で穏やかな老マダムの音楽の先生が、(ウサギたちはミス・マープル)と呼んでました。彼女はそんなイメージだったから。一枚取り出したレコード。


「良い曲だからお聞きなさい…」

と、静かにダイヤモンド針を落とした曲こそが、流浪の民…ジプシーたちの曲でした。


我がクラスは大変仲の良いクラスで、席も思い思いに腰掛けて、騒ぐこともなく、うるさくすると、誰かが注意し、注意されたら、ごめん、と謝る、ある意味、ろうたけた、クラスでもありました。

優秀かと言えばそうじゃなく、わからないことはわかる子が自主的に教える、そんなクラスでした。それまでの経緯はまた、いつか。なぜそんなクラスだったかも、またいつか。


とにかく、一度聞いてクラスが虜になった曲。

こんな難しい歌は当然歌えるはずもないけど、わかる部分は声を張り上げ、ことあるごとに歌って笑ったものです。

だから5年生が終わるまで、音楽の始まりの度に、ミス・マープルは一度だけ、流浪の民を掛ける羽目になったのですが、孫たちを見るような優しい目で、木製の椅子に深く腰掛けて、子どもたちを見つめて微笑んでいました。

ありがとう、先生。


何がと言うわけではない。

人生に於いて初めて 好きだー!って曲に会ったわけです。それもTVの流行りの曲じゃなく、クラスのみんなで、いいなー!この曲!そうだね!いいよね!って

クラシックを子どもの耳で素直に受け入れたわけです。


普段なら横に逸れる子も、数日後に口づさんでたり…笑


作詞をつけた石倉小三郎氏は ステレオタイプのジプシーの生活を歌詞にしたと、酷評されたようですが、酷評した人の裏にはそうした現実から目を背けたい事実があった償いがあるようにも見え隠れする。


それでもジプシーたちは力強く、ウサギたち子どもには 故郷を追われても どこまでも自由で明るく、心までは縛れはしないことをダイレクトに伝えた彼らがクールでかっこよかった


長くなったけれど、同窓会で、今も語られる、シューマンの流浪の民…秋の夜長…聴いてみませんか?


鳴きウサギ  拝