パラノイア | 口遊〜鳴きウサギ〜

口遊〜鳴きウサギ〜

生きる為に 息をするのを忘れていた
わたしのまわりが 息をするには狭すぎる
野々草を摘んで 口遊みなが ゆっくり ゆっくり歩きたい
勝利者とは誰のこと?
居心地の悪いところに居たくはないの

噛み合わない 歯車のネジを何度も微調整するようにしか 一度歪んだ人との関係性は会話でしか調整できない・・・

さもなくば 終わりなんだと 桜が芽吹き始めた 窓ガラスを見つめながらさやこは 思う

それにしても 桜は 陽の下で柔らかく綺麗なんだと思うけれど・・・夜の桜は恐ろしいほど 美だ・・・先にほころんでしまった しだれ桜が 地を擦りながら ホラー映画の女の 狂気を帯びたそれのようにも見える

酷く 信也を困らせた 自分の姿のようであると さやこは思う・・・

陰陽の理から 言えば 人はバランスよく 出来ている 陽の当たる部分 影の部分 それが 見える自分と 見えない自分 相手に見せる 綺麗な自分と 決して見せない 黒い自分だ
簡単に言ってしまえば 本音と建前

でも 考えてみれば さやこは 人の影の部分に惹かれて行く 決まって好きになる相手の影にスポットを当ててしまう

同じような傷を持っているとすれば それを擦り それを撫でてみたいと思う

それでは幸せになれないことを 十分に知ってはいるけれども しあわせな部分の光の強さが さやこには どうしても合わないのだ

人並みの幸せが 眩しいのだ・・・

夜のしだれ桜は 長い髪を揺らす 寂しいのよ・・・怖いのよ・・・と・・・
自分を投影したような 恐ろしいくらい研ぎ澄まされた庭先の一本 

せつないくらい薄紅色の先に君臨する究極の弧独が 短い春を急き立てるように 何かに追われて 駆け込み寺まで逃げ込むような・・・そんな鬼気迫るものすら感じる
生き素魂になるなら こんな時だろうか・・・一瞬でも気を抜いたら 魂は抜け出て 飛ぶだろう・・・

女は抗う術を持たない 女という厄介な性(さが)に生まれたばかりに・・・
手を焼いて 心を焼いて・・・・

素直になれ!と強い語気で 叱咤されれば されるほど 聞き分けの無い 夜叉になる
思い知れ!夜叉にするのは おまえさまだ おまえさまだ・・・おまえさまだ・・・

目を閉じていた さやこは 慌てて目を開ける
澱み無い 自分を取り戻すために 謝らなければ なにも始まらないのだ・・・

謝罪はなんのためにするのか?女はなにか 悪いことをしたのか?
女は穢れと言われるのが こういう 滓(おり)を抱えているからか・・・

そう思った瞬間 彼女の股間を生暖かい 鮮血が滴る
彼女は小さく 舌打ちをする 

忌々しいのはこれだ これが 性を忘れたくても忘れられない 毎月のように訪れるこれだ・・・

いつの間にか 少し開けた窓辺から 入り込んだ桜の花びらの数枚が 床の上に散らばっている

さやこは 静かに立ち上がった 今はこの血をなんとかしなくては・・・
そう思って・・・桜の上を踏みしめながら 桜の花を 自分の血で染めて廊下へ出た

月は それを見ている
目を反らすことなく じっと見ている

この明りが・・・・今は 丁度いい・・・

鮮血を滴らせて 古い自分を殺しながら 「わたしを赦して 信也・・・」

さやこは 呟いていた・・・

夜桜の狂気駆るかな花の路 血の舞い踊る短き春を

今日の短編は 15Rかな? お目汚しがあれば ごめんなさい 病のせいで少し荒び気味です

鳴兎   拝