納沙布岬にやってきました。2016年3月佐多岬、2016年9月宗谷岬、2019年11月神崎鼻公園、そして2023年6月納沙布岬、これで端っこ4つ制覇です。



3日目.摩周湖へ。


若い時良く歌ってた、布施さんの歌。「いつか貴女が話してくれた、北の最果て摩周湖の夜〜」

私も好きだって言ってたけど、合わせてくれたのだろうか?今も部屋の隅にポツンと置いてある、貴女が録音してくれたカセットテープ。


天気が良くて、霧の摩周湖とはならなかったけど…  などと思いながらバスからJRに乗り換え根室へ。





3年振りに大人の休日クラブパスを使って旅に、北海道を俳諧中です。JRを乗り継ぎ2日かけ釧路へ。天気が今ひとつで真っ赤な夕日とはいきませんが…





駅からばすに乗って大学へ、しばらく歩いてみる。卒業して翌年ぐらいは来ていたけど、何十年ぶり。
駅に向かって歩くと運動公園。また来てしまった。ここに来ても会えないことは分かっている。「今はもう叶わぬこと、思い出の中でしか会えないあの人」そんな歌詞が頭の中を巡る。
二日酔いでここで倒れてて、介抱してもらったこともあった。二人の学校の中間点がここで、ここがデートコースでしたね。
またここに来ることができるのかな、どれだけ生きられるか分からないけど、少しでも元気でいて、また会いに来ます。

岡山から三原に入り三原城、駅から直接天守跡に行くのにはびっくり。最初は分からずぐるっと一周してしまいました。


在来線で、大学時代最後にあの人と行った尾道へ。二人で歩いた文学のこみち。今回は徒歩で迷いながらようやく千光寺そして文学のこみちに。あの時は車だったけど、どうやってここまであがって来たか記憶がない。貧乏で4年で絶対卒業しなきゃいけないと思ってたから、アルバイトと勉強で学生時代はほとんどどこにも行かなかった。後楽園の周りか運動公園、せいぜい倉敷辺りがデートコース。今何十年の時の流れが嘘のよう、数年前のように蘇ります。

尾道から帰って「貴方が私の生活の中心になってしまったから、別れたくない」って貴女は泣いてましたね。でも今振り返ると、貴女が私にとって全てでした。別れて前に進むつもりで仕事にのめり込んだけど、それは貴女に会えない辛さから逃げていただけ。人生の先が見えて来た今、貴女とのこと頭から離れることはありません。






岡山から倉敷をすぎて少し行ったところ、そこに貴女は住んでいました。

2021年秋から冬にかけ、何度か岡山を訪れました。

駅から歩いて20分ぐらいに貴女の家、歩いているとのどかで温かい岡山が感じられます。

実は貴女が結婚して東京で暮らすようになってからも、何度かこの町を訪れています。

 

大学2年の10月終わりに、貴女のお父さんが亡くなりました。お葬式の日、私は式が終わる2時過ぎにこの駅に降りました。若かった私は、お葬式が終わったらすぐに会えると思ってたのです……  駅の前の電話ボックスから何回も電話をして、高梁川に向かって歩き堤防で座り込んでと。高梁川と駅を何回往復した夜7時過ぎでしょうか、連絡がつきやっと会えることができました。

あなたはただだ泣いていましたね。僕は何も言えず抱きしめるだけでした。

これを機に二人の距離は縮まりました。このことが別れる理由になるとは、その時思いもしませんでしたが…

その当時のものとは違っているかもしれませんが、電話ボックスまだあります。

 

倉敷は大学から家の途中の駅。

貧乏だった私はなかなかデートもできなかったけど、時々この街を訪れましたね。

街並みは当時とは整備され、観光地になりました。でも趣は当時のままです。

 

なかでも、アイビースクエア 当時のまんまです。

歩いていると、貴女が現れそう…

 

貴女は生まれは九州で、お父さんの仕事の関係で小学校の頃は神戸で過ごし、その後岡山に来たとのことでした。お父さんの骨をお墓に納めに行ったとき、とても寒かったと言ってましたね。博多?って聞いたら、少し違うって言ってたっけ。

そんなことを思いながら、岡山から博多駅に向かいました。コロナも少し落ち着いてた時だったので、博多の駅はひとでいっぱいでしたよ。

 

全線普通電車でゆっくりと行きたいところでしたが、感染対策のため金沢まで特急電車。

高岡から氷見線に入ると忍者ハットリくんのアナウンス。そう氷見は藤子不二雄A氏の故郷。因みに藤子不二雄F氏は高岡の出身です。
雨晴駅からは海岸まですぐ。サイクリングロードをのんびりと歩いて行きます。私以外は三脚にカメラを載せて写真を撮っている人がほとんど。残念ながら散歩にはいいけど、景観には暖かくなりすぎたようで、高山連峰はうっすらとしか見えません。でも海は澄んできれいでした。

 

 

3月初めに来る予定だったけど、放射冷却の寒い日がくっきりと見えて絶景だそうだけど、悪天候で電車が止まって今日になってしまいました。

あなたは何度かこちらに来てくれたけど、思い出に残る所に連れて行ってあげれたのでしょうか。最初は内灘から渚ドライブウェイ、あとはほとんど越前海岸のドライブだったような。僕はただ一緒にいられれば良かったけど、思いでは残っていますか。

 

岡山城と後楽園の間を旭川が流れてます。貴方と出会った頃、あの河原で僕の肩に顔をずっとずっと寄り添っていましたね。
お互いが通っていた大学の間に運動公園がありましたね。そこで二日酔いででぶっ倒れてた僕を看病してくらましたね。どうやって連絡し合って他のだろう。
岡山駅前の一本入った通りにあったお好み焼き屋さん、就職したばかりの貴方が奢ってくれましたね。あんなに美味しい食事、卒業してから食べてないです。あの頃が一番幸せでしたよ。

こたつでお茶を飲みながら団欒する、そんな結婚生活を送りたい。そう言ってましたね。そんな穏やかな暮らしを送ってきてますか。

写真は昨年12月の岡山運動公園

 

2月8日は誕生日でした。

60も過ぎたのに・・・最近昔の歌が頭の中で流れています。

 

イルカさんの「海岸通」「雨の物語」

こちらに帰ってきて、岡山から初めてあなたが訪ねてきてくれて能登をドライブ。その時あなたが持ってきたカセットテープに吹き込まれていた曲。

「僕は君をまだあいしているんだろう そんなことふと思いながら…」

それまで女性の歌はあまり好きじゃなかったけど、あれからずーっと心に残っている。

 

そして北山修さんの「さらば恋人」

「悪いのは僕のほうさ 君じゃない・・・」             

 

また雪が積もってきました。

今年の積雪量はそれほどでもないけど、この年になると除雪はなかなか大変です。

九州生まれで神戸と岡山で育ったあの人、私と結婚してたら雪に埋もれた生活をしなければならなかった。

多分今東京で暮らしているのでしょう、そういう意味では幸せかな。

そんな問題ではないことはわかっているけど、何かと彼女に思いをはせてしまいます。