1970年代後半から80年代初頭において、日本の青春映画では永島敏行が重宝されていた。それらの作品に共通するのは、ほろ苦い性の暴発である。

1981年に公開された根岸吉太郎監督(1950年~)の『遠雷』も同様だ。郊外のビニールハウスでトマトの栽培を営む青年が、有り余る若さを飼い慣らせずに、奮闘する姿を描いている。

この手の作品にありがちなのは性への執着で、青年はスナックの女とビニールハウスで関係を重ねたり、お見合い相手の女と会ったその日にラブホテルへ行く。

他にも思い悩み、情熱を注ぐことはあるだろうに、ひとまず青年にはセックスが、何よりも最優先の事柄なのだ。だから、農業に対する態度もいい加減に見えてしまう。

しかし終盤、青年の友達がスナックの女と逃避行の末に女を殺し、行方をくらますあたりから、青年の意識が友達を心配するという、初めて違う作用を生じさせる。

オレもこの段になって、ようやく青年が感情移入できる存在となり得た。青年の頭のなかに、セックス以外の関心事が占める余地があったのか…という安心にも似た確認だ。

青年の結婚を祝う会で、青年がお見合い相手の女と肩を並べ、桜田淳子の『わたしの青い鳥』を歌うシーンは、田舎臭い効果がよく出ていた。素朴さがどぎついほどだ。

お見合い相手の女を演じたのは石田えりで、まだ新進女優ながら、バストを露にしたり、ビニールハウスでの濃厚なキスシーンなど、体当たりの演技を見せた。

オレは15歳のときに、テレビドラマ『続イキのいい奴』を見て、彼女のぱっと明るい風情に心惹かれて、一時期ファンになった。彼女は若い頃から女優魂があったのだと、本作で改めて知った。

また、スナックの女を演じた横山リエは匂いたつように色っぽく、これまたポップな時代が訪れる80年代以前を象徴する女優だ。

それにしても、この時代の青春映画は少し暗くて、セックスに対しても苦悩のあとが感じられる。