常識的に、女性に年齢を訪ねるのは、失礼な
こととされているけど、年齢とは、その人が
どのくらい生きているか、時間の蓄積であり、
それがその人本来のバロメーターなのだから、
失礼には当たらないと思う。
ただ、訊き方によるだろうが。
人は黙っていても歳を取る。
自分が小学生の頃は、二十代の人をみると、
凄い大人だなと感じ、三十代をみると、
凄いおじさんに感じた。
しかし、現在自分が三十代を迎えてみると、
三十代、大したことないじゃないかと思えてしまう。
いや、多分これは昔の三十代がしっかりしていたから
なのだろう。
僕は、三十代として、しっかり大人をやれているのか。
答えは、否である。
とても胸を張って、人生を生きているとはいえない。
二十三年前、まだ十歳だった僕は、33歳になった自分を
想像すらしていなかった。
しかし、現在は違う。
四十代、五十代をどう迎えるか。
自分の中の理想がある。
人生は貌に表れる。
それはハンサムだとか、外見の良し悪しではなく、
内面から出てくる色っぽさ、人生の艶というのか、
そういうものが出てくるような大人になりたい。
まあ、理想だけど。。。
タナトスという用語がある。語源はギリシア神話の神から
くるももので、「死」の具現化だ。
フロイトが形象するタナトスという言葉。
生と死は同時多発に存在し、相律相反するもの、
僕の頭の中には、タナトスが占めている。
これは、別に自殺願望があるというわけではなく、
生を想うとき、同時に死も存在している。
産声と共に、この世に生を受けた瞬間から、
死への道へ進む。
うん、すいません。
何か、ブログ復活してから、いきなりこんな記事に
なってしまいまして・・・。
もっと、楽しいこと書かなきゃ。。。
最近、自分を追い込んでいるので、そのまま記事に
なっちゃいました。
仕事に、小説執筆。
取りとめもなく、駄文ですいません(二回目)
で、結局何が言いたいか、それはとても短い文章では
伝わらないと思います。
なので、今回はこの辺で。
次は明るい話題にします。
こととされているけど、年齢とは、その人が
どのくらい生きているか、時間の蓄積であり、
それがその人本来のバロメーターなのだから、
失礼には当たらないと思う。
ただ、訊き方によるだろうが。
人は黙っていても歳を取る。
自分が小学生の頃は、二十代の人をみると、
凄い大人だなと感じ、三十代をみると、
凄いおじさんに感じた。
しかし、現在自分が三十代を迎えてみると、
三十代、大したことないじゃないかと思えてしまう。
いや、多分これは昔の三十代がしっかりしていたから
なのだろう。
僕は、三十代として、しっかり大人をやれているのか。
答えは、否である。
とても胸を張って、人生を生きているとはいえない。
二十三年前、まだ十歳だった僕は、33歳になった自分を
想像すらしていなかった。
しかし、現在は違う。
四十代、五十代をどう迎えるか。
自分の中の理想がある。
人生は貌に表れる。
それはハンサムだとか、外見の良し悪しではなく、
内面から出てくる色っぽさ、人生の艶というのか、
そういうものが出てくるような大人になりたい。
まあ、理想だけど。。。
タナトスという用語がある。語源はギリシア神話の神から
くるももので、「死」の具現化だ。
フロイトが形象するタナトスという言葉。
生と死は同時多発に存在し、相律相反するもの、
僕の頭の中には、タナトスが占めている。
これは、別に自殺願望があるというわけではなく、
生を想うとき、同時に死も存在している。
産声と共に、この世に生を受けた瞬間から、
死への道へ進む。
うん、すいません。
何か、ブログ復活してから、いきなりこんな記事に
なってしまいまして・・・。
もっと、楽しいこと書かなきゃ。。。
最近、自分を追い込んでいるので、そのまま記事に
なっちゃいました。
仕事に、小説執筆。
取りとめもなく、駄文ですいません(二回目)
で、結局何が言いたいか、それはとても短い文章では
伝わらないと思います。
なので、今回はこの辺で。
次は明るい話題にします。