全力記念日 | 哲史の部屋

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たった一度きりの人生なので、後悔なく、おもいっきり楽しく生きたいもの。そのために、こんな考え方、あんな考え方もあるってことをたくさん語っていきたいって思っている。

11月23日は、世間的には勤労感謝の日であるが、俺にとっては、母方の祖母の命日でもあり、俺が全力になった『全力記念日』でもある。


俺の人生のターニングポイントは、間違いなく2016年の11月23日なのだ。


あの日までの俺は、今から思えば、クズであり、ダメダメな人間であった。


そんな自分が、自分でも嫌であった。


でも、なかなか自分を変えることができない。


性格的には、優柔不断であり、とにかく何事においても、ハッキリしないタイプであった。


とにかく語尾が弱いのだ。


そして、後悔ばかりの毎日を過ごしていた。


そんな俺を変えてくれた出来事が、母方の祖母の死なのだ。


俺は初孫ってことで、祖母には本当によく可愛がられ、愛されていた。


俺がどんな状態、どんな状況であっても、味方でいてくれた。


そんな祖母が自宅で骨折をして、寝たきりになってしまった。


入院してから、何度もお見舞いには行ったのだが、2016年の夏頃から、何かと忙しくなってしまい、そんなことを俺は理由にしてしまい、お見舞いに行かなくなってしまったのだ。


そんな時に、祖母の体の状態がかなり悪いとの知らせを母親から聞くことになった。


これは、マズイと思い、俺はやっと祖母のところへお見舞いに行く決断をした。


それが、2016年11月23日。


午前中に、祖母が入院している病院に向かったのだが、行く途中のJR御茶ノ水駅のホームで、俺は母親からの電話により、祖母が亡くなったことを知ることとなった。


あの時、どれだけ泣いたのかは覚えていない。


とにかく、物凄い後悔をしたことは、よく覚えている。


涙を流しながら、病院に向かった。


病院の最寄り駅に着くと、外は雨。


傘を持っておらず、しかし涙を流している俺には丁度よかった。


病院に着くと、祖母は霊安室に運ばれていた。


そこから、3時間、俺は祖母と一方通行の会話をした。


悔やんでも悔やんでも、もう時間は戻らない。


俺は、今までの自分とオサラバするしかなかった。


もう後悔なんてしたくない。


後悔しないためには、どうしなくちゃいけないか考えた。


全力で生きるしかない。


俺は祖母と会話の中で、これからは、何があっても、全力で生きていくことを決断した。


そこからの俺は、どんな生き方をしているか。


いつでも明るく楽しく元気よく、そして、何事においても後悔なく、全身全霊、全力で生きている。


そして、人を笑わせ、笑顔にさせ、しあわせな気持ちになってもらおうと思いながら、日々生きている。


こうなったのは、祖母のおかげ。


祖母のおかげで、人生が楽しくなった。


とても感謝している。


そんな11月23日は、俺の人生が変わった、自分自身を変えるきっかけとなった『全力記念日』なのだ。


最後に、俺の全力を後押ししてくれたアイドルがいる。


それは、元全力少女Rのリーダー百川晴香こと、ももはるちゃんだ。


ももはるちゃんの存在なくして、今の全力の俺は存在していないことを付け加えて、今回は終わりにする。


今回も俺のブログを最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました🙏


おしまい😊🌻☀️