
鏡と思われたガラス窓の向こうの、小林少年に変装した二十面相は、さっと
きびすを返すと、かくし部屋を飛びだしていきました。
「アッ。待てっ」
中村係長が鏡の中へ飛びこみそうになるのを、小林少年がひきとめました。
「中村係長、こっちです。あのかくし部屋から通じている廊下は、さっきぼく
がおしこめられていた物置につながっているのです。先まわりしておさえまし
ょう」
ふたりは、物置部屋をめざして階段をかけあがりました。途中で道がふたま
たにわかれていて、中村係長がどちらに進むべきか迷っていると、
「こっちです中村さん、ぼくについてきてください」
「おお、そうか」
「だめです中村さん、それはぼくじゃないッ」
なんという大胆なことか! 逃げたと思われた二十面相は、いつの間にか小
林少年たちといっしょに階段を走っていたのです。またもしてやられた中村係
長は、顔を真っ赤にして、「こいつめっ」と、二十面相の小林少年に飛びかか
りました。ところが相手は突進する係長をひらりとかわすと、暗やみにすがた
を隠してしまいました。
「ワハハハ……。なかなか面白かったぜ、小林君、それに中村係長。しかしそ
ろそろおいとますることにするよ。」
二十面相の声が、ふたたび博物館にひびきわたったかと思うと、不気味なが
い骨の顔が、暗やみの中にぼおーっ、とうかびあがりました。そして、そのが
い骨が、ふわふわと宙に舞いあがっていくのです。集まってきた警官隊も、み
なそのおそろしい光景に、いっしゅん動けなくなってしまいました。

「気球だ! やつは空に逃げようとしているんです!」
小林少年がさけびました。
「撃て、撃てっ」
中村係長の合図で、警官隊が気球にむかってピストルを撃とうとしました
が、駆けつけてきた博物館長が、
「待ってください、宝物に万一のことがあったら……」
と真っ青になって頼むものですから、手を出すことができません。その間に
も、二十面相を乗せた気球はぐんぐん遠ざかっていくのです。
「あばよ、諸君。明智センセイにもよろしくつたえておいてくれたまえ。ワハ
ハハ……。」
ああ、ついに、気球は見えなくなってしまいました。博物館長たちががっく
りと肩を落としていると、小林少年がほがらかな声で、びっくりするようなこ
とを言い出しました。
「いやあ、よかったですね。二十面相には逃げられてしまいましたが、それも
計画のうちです。むしろ、はやく遠くに行ってもらったほうがいいくらいで
す」
「君はいったいなにを言っているのかね。宝物はやつに持って行かれてしまっ
たじゃないか。なにがいいものか」
小林少年の意外な言葉に、博物館長がひじょうな剣幕で怒りだしました。無
理もありません。小林少年はなにを考えているのでしょうか。
「館長、おちついてください。リューネブルクの首飾りなら、ほら、ここにあ
りますよ」

小林少年は、こともなげにそう言うと、背広の内ポケットから光り輝く首飾
りを取りだしてみせました。読者諸君、それは、まぎれもなくリューネブルク
の首飾りなのでした。館長や中村捜査係長が腰を抜かさんばかりに驚いたこと
は、いうまでもありません。

「二十面相が持って行ったのは、ぼくが用意したにせものです。だまっていて
申しわけありませんでしたが、実は、女学生にばけてここへやってきた最初の
日に、とっくに本物とすりかえてあったのですよ。そして、あいつが持ちさっ
たにせものには、超小型の電波発信器がかくしてあるんです。そのことに気づ
かれないように、あいつに振りまわされるふりをしていたというわけです。さ
あ中村係長、発信器を手がかりに、敵のアジトをさぐりだしてください。」
これには、中村係長以下、大人たち全員がぼうぜんとさせられてしまいまし
た。あの二十面相を完全に出しぬいてみせるとは、あきれるほど肝のすわった
少年です。
ほこらしげにほほ笑む小林少年の耳に、少年探偵団のみんなのうれしそうな
声が聞こえてきました。
「小林団長、ばんざーい! 少年探偵団、ばんざーい!」
小林少年は、彼をたたえるなかまたちの声に、身をゆだねるように、そっと
目をとじて聴き入るのでした。
でも、ちょっとおかしくないでしょうか。少年探偵団なんて、この物語に登
場していなかったのではありませんか。
……おかしいな。この声は、どこから聞こえてくるんだろう。
……

つづく
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