'Possibility' starring 雛月結衣 | All Good Things..

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可能性の未来          



真夜中の棘突起



 例によって彼女の話が難しくなってきたので、私もいつものごとくぼーっと相槌をうちながら、坂本龍馬の肖像が落書きされたカプチーノを、顔が崩れないように注意を払いながらすすりこんだ。

「……聞いてないでしょ?」

 いや、聞いてるんですけどね。わからないだけ。どうも私は気分が顔に出やすいらしい。




 今日は中学の頃からの親友とデート中。場所は彼女のリクエストで、龍馬展を開催中の江戸東京博物館になった。


 歴史好きの私に合わせてくれたのかと思ったら、単に大河ドラマに、というよりその主役に夢中だかららしい。ミーハーめ。




 新婚の彼女は、ご主人の仕事の都合でもうすぐロンドンに旅立つ。


 私もこの春就職したばかりでバタバタしていたので、しばらくぶりの再会が、ある意味お別れ会になってしまった。

 それなのに、この子はまた、私のついていけない話で盛り上がっているのだった。


 そもそも、なんで龍馬展の感想が量子物理学の話になってしまうの?




 彼女は昔からSF好きで、それが高じて大学でも理論物理学を専攻していた。


 彼女に言わせると、私たちが見ている歴史は、無限の可能性の中のひとつのルートでしかないのだそうだ。

 たとえば龍馬が本当に勝海舟を斬ってしまった世界や、薩長の手を握らせることに失敗した世界、あるいは近江屋事件を生き延びて明治新政府に参加した世界。


 それらはみんな、この世界とすぐ隣りあった異なる次元に存在しているのだという。


 歴史に「もしも」はない、というのは量子論的には間違いで、物理的に可能な「もしも」はすべて起きているのよ、と彼女は力説していた。

 しかも、それぞれの世界は、誰かが選択の岐路に立つたびに、量子的に果てしなく分岐して増えていくのだという。


 今、この瞬間にも、無数に……

 ついていけない。いや、SFとしてならわかりますよ? でもこれは現実の話だっていうんだから。




「じゃ、龍馬役が福山雅治じゃない世界もどこかにあるわけね?」

「や、そんな選択肢はありえないから、ない」

 二人で笑った。

「……でもさ、ていうことはよ。どんなに悩んでなにかを決定したとしても、同時に違う方を選んだ世界も生まれてきちゃうわけでしょ? 結局どっちもアリなわけよね。なんか一生懸命考えるのがムダな気もしてくるんだけど」

「そうだね。そうかもしれない……。でも、この世界のあなたが2つの可能性を同時に生きられるわけじゃないしね」

 そう言いながらカプチーノのカップを取り上げる彼女の手元に結婚指輪を見たとき、ふと訊きたくなった。

 

 ……彼が、私を選んだ世界も、どこかにあるんだよね?

 

 高三の夏、あなたとディズニーシーに行ったとき、カバンにつけていたダッフィーを落としたのが私だった世界。

 それを拾った彼が私たちを探して届けてくれたとき、私が眼鏡をかけていなかった世界。

 その世界の私は今、ロンドンに行く準備をしているんだよね……?


 しかし、この世界の私は、その質問をしない、という分岐を選んだ。




真夜中の棘突起




「ね、あそこ綺麗だから写真撮ろうよ」

 博物館のエントランスにあるガラス張りの休憩所を見つけた彼女は、バッグからカメラを取り出して言った。

 お互いかわるがわるカメラマンとモデルになって、ちょっとした撮影会みたいになった。


「なんかさぁ。新人OL、って感じだよね」

「その通りなんですけど」

「充実してる、て顔してる」

 うん。充実してるよ。今の仕事はすごく私に向いている。研修明けですぐに責任の重いプロジェクトに配属されて、忙しさに目が回るけど、毎日が楽しい。

 私の――この世界の私の選択は、間違ってない。そう思う。きっと幸せだよ、――ロンドンへ行くより、きっと。

 私は最高の表情をレンズに向け、彼女は最高のタイミングでシャッターを切った。




「――えっ」

 カメラの液晶モニターを確認した彼女が、突然目を丸くして叫んだ。

「えっ、て。何?」

「あ、いや……なんでもない。ちょっと露出が狂ったみたい。……そろそろ行こうか」

 彼女はそう言ってカメラの電源を落とすと、あわただしくバッグに突っ込んで立ち上がった。




真夜中の棘突起




 それから、彼女は言葉少なになった。


 時折首をかしげて遠くを見る。この子が何か深く考えこんでいる時の仕草だ。

「……ねぇ、」

 別れ際、彼女はようやく口を開いた。

「どうした?」

「……残りの『龍馬伝』録画して送って」

 あんたの日本への未練はそれだけかい。

「ネットで観れるんじゃないの、オンデマンドで」

「綺麗な絵で観たい。ブルーレイで録って」

「はいはい」

 2日後、彼女はロンドンへと旅立っていった。




 さらに数日後、彼女からメールが届いた。

 近況報告に、二人で撮った大量の写真をアップロードした共有サイトのアドレスが添えられていたが、そのほかに、圧縮されたフォルダーがひとつ添付されていた。

 解凍してみると、「photo_forbidden」とタイトルがつけられたフォルダーと、「read me first」と書かれたテキストが入っていた。


 気になった私は、テキストを見るより先に、フォルダーを開いて、そこに一枚だけ保存されていた写真を見てしまった。




真夜中の棘突起



 息をのんだ。

 

 あの日、江戸博で撮った写真だった。

 でも、……あり得ない。




 あの日、私は眼鏡なんてかけていなかった!







 受験が終わった高三の冬、私は眼鏡をやめてコンタクトにした。




「眼鏡外すと、案外可愛いよね」

 彼女には話していないが、あるとき、彼にそう言われたことがあった。


 でも、そう言われたとき、すぐに眼鏡を外すことは出来なかった。妙なプライドが邪魔をしている、それはわかっていたけど……。

 ――実は、ディズニーシーで会った彼とつきあってるの。


 私が眼鏡を外したのは、彼女にそう打ち明けられた直後のことだ。それは、私なりのささやかな反撃だった。




 眼鏡はそれ以来かけていない。


 それなのに、送られてきた写真には、間違いなく昔自分が使っていたあの眼鏡をかけた、今の私が写っている。

 頭の芯が凍り付くような感覚にとらわれながら、私は答えを求めて「read me first」のテキストを開いた。






 添付した写真、まず、見る前に深呼吸して心を落ち着けてから開いて。

 この写真、あなたに見せようか迷ったんだけど、別に心霊写真とかじゃないから隠すのもどうかと思って、送ることにした。

 すごく不思議なんだけど……、あのとき私たちがしていた並行宇宙の話を思い出して。

 たとえば携帯の電波は、今こうしているときも、あなたや私の周りを何千、何万も飛び交ってる。


 でも、あなたの携帯に着信するのは、決められた周波数の電話やメールだけだよね。

 私たちが、現実として認識しているこの「世界」も同じで、本当はここには異なる分岐をした無数の「世界」が隣り合って存在しているのに、それぞれ「周波数」が違っているから私たちには認識できないだけ。

 でも、それぞれの世界を形成している素粒子や物理法則が異なるわけじゃない。


 だからそれが「混線」する可能性は、ごくごく稀に――おそらくこの宇宙の一生の長さに一度起きるかどうかというくらい稀にだけど、ないわけじゃないの。


 要するに確率の問題だから、それがどんなに低い確率であっても、たった今起きる可能性だってイーブンだよね?

 つまり、それが起きてしまったのが、この写真なんだと思う。

 ここに写っている眼鏡をかけたあなたは、別の世界の、大学に入るときコンタクトに変えなかったあなた。

 ひょっとしたらそっちの世界では、眼鏡をかけているはずなのにかけていない写真が一枚だけ写って、二人でびっくりしているのかもしれない……。

 でも、眼鏡かけたあなたもやっぱり可愛いよね。ちょっと萌えたかも(笑)






 萌えるかどうかはともかくとして……、なぜ、「混線」してしまったんだろう。


 理由なんてない、単に確率の問題だ、と彼女は言うかもしれない。

 でも、私はなんとなく理由がありそうに思えた。

 以前、彼女に見せられたアメリカのSFドラマに、「旅人」という宇宙人が出てくる話があった。


 非常に発達した種族である彼は、「思考」をエネルギーに変えて、はるか彼方の宇宙へも一瞬で移動することができ、その能力で旅を続けているのだった。

 あるいは、思考のエネルギーで、別の世界への扉を開けるとしたら……?




真夜中の棘突起



 


 私は改めて、別の世界のものだという私の写真を見た。

 どこかせつない顔にも見える。違うかも知れない。

 この写真の私は、どんな想いで、「眼鏡を外さない」ことを選んだのかな。

 ……あなたは、幸せ? 充実した毎日を送れてるの?




 この宇宙に人の選択の数だけ存在する無数の世界を、私が幸せな世界から不幸せな世界へ順番に並べたとしたら、この世界の私はどっち寄りの、どのあたりの位置にいるんだろう?

 途方もない想像に少しめまいがしたが、同時に何故かすごく優しい気分になった。

 私の周りに、お互いにふれあうこともなく存在している無数の「私たち」か。なんだか、友達が一気に増えたみたいだ。




 なんとなく、引き出しの奥から眼鏡を引っ張り出して、かけてみた。

 なんだ、改めて見れば似合うじゃない。今度、久しぶりに眼鏡で出かけてみてもいいかもしれない。萌えるって言ってくれる人いるかな、あの子以外にも?




「……うん、いるよ」




 すぐ耳元でつぶやく、私の声が聞こえた気がした。 




真夜中の棘突起


Canon 7D



この物語は、この世界においてはフィクションです。








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