たいき日本出張編最終回 一番会いたかった人 | 宮崎太輝のグローバルスタンダードゴルフ!

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NY出身のティーチングプロ/トレーナーであるタイキが、日本のレッスン業界を面白くするために始めたブログ。日本とアメリカ最先端のゴルフレッスン/トレーニングの違いを教えてあげちゃいます;)

こんにちは。



Beyond Pacific Golfのたいきです。



今回が日本出張編の最終回になります。



僕が日本に滞在したのは7/9~7/30まで。



スポルテック2015の2日目が行われた後、東京ビックサイトから新宿へと向かいました。



目的はあるキーパーソンに会いにいくため。



僕とスパイシーは疲れがピークだったので無言のまま電車で移動。



新宿に着いたぞ!!



さあ、目的地のビルはどこだ!



と思ったらスパイシーがあることに気がつきます。



「たいき。そのビルがあるところ新宿じゃない。」



「東新宿だ。。」



は?



東新宿??



どこだそこ???



なんとなくだけど、近そうだと思ったんだ。



僕のiphoneはアメリカので使えないからスパイシーのiphoneのナビの言う通りに歩いたよね。



車で数分という距離だったので大した距離ではなかったけど、疲れ切った僕たちには十分過ぎる遠さだったのだ。



無言のまま二人で歩き、ようやくあるビルに辿り着きました。



で、でけぇ。



なんてオシャレでモダンなビルなんや。



僕は今回の出張でビジネスマンを気取っていたけど、この時点でタダの疲れた汗だくのデブに成り下がっていたので



「今からこのビル登るのか…」とわけのわからないことを考えてました。



そのキーパーソンと連絡を取り、その方の会社がある階にいくとオシャレな入り口が。



受付の電話で着きましたと伝えると「すぐにいきます!」とのお返事が。



スパイシーとモジモジしながらオフィスの方からその方が出てくるのを待っていると



『たいきくん久しぶりー!』と後ろから声をかけられました。



振り返ってみるとそこにいたのは



Golf Todayの海外情報「O嬢日記」でお馴染みのO嬢—————!!!!!!!



そう、僕が今回の旅で一番会いたかったのは彼女だったんだ。



彼女は世界中を飛び回り、



日本だけではなく世界中のゴルフトーナメントやイベントで取材をされています。



僕の知っている女性のゴルフ関係者の中で最もパワフルな女性なのだ。



なんせ世界中のレジェンドやトッププロたち、ゴルフ関係者たちと仲が良いからね。



こんな女性は日本に彼女しかいないのだ!






「いやー、本当に久しぶりだねぇ。最初に会った時はお寿司屋さんの人だと思ってたのに笑」



僕が彼女と知り合ったのは2009年のUS OPENのときでした。



学生だった僕は中間テスト直前にも関わらずBethpage Blackで開催されたメジャートーナメントの練習ラウンドを見に行ったんですな。



確かフィルミケルソンの練習をグリーンで見てた時。



丁度グリーンの反対側でO嬢が現地の人たちに取材されていて、



お互い



「あ。日本人だ。」



って思ったんだね。



O嬢がニコニコしながらこっちの方に歩いてきて、インタビューをお願いされました。



「期待の日本人選手は?」という質問に対して



「横尾要プロ!アメリカで一人で戦ってる印象がプロっぽくてカッコイイから!」



と答えたのを覚えてます笑



「要ちゃんか~!伝えておくよ!笑」



となり、そこからホテルの場所がどこなのか



ご飯食べるとこあるの?



うちの寿司屋にくればいいじゃん!



青木プロ、ニックプライスとかチャンピオンズツアーをやるときよく来るよ!



日本人選手でちゃんとした日本食が食べたいという人がいたら紹介して!



みたいなやりとり(ほとんど押し売り)をしました。



そしたら大会期間中、甲斐慎太郎プロがお店にきてくれたんだ。



甲斐プロがいらっしゃったときは丁度僕は学校の中間テストを受けていて会えなかったんだけど、



Oさん(当時は彼女がO嬢だとは知らなかったので)が連れてきてくれたんだ!



僕みたいなガキのいうことを聞いてくれるなんていいお姉さんなのだ!と感動したのを覚えてます。



お礼メールの返事も素敵でした。



そんなわけでまず、GolfTodayに良い印象を持ったんだね僕は。



まあ僕はゴルフを始めてから日本でずっと買ってたからね。



なるほどこういう人があの雑誌を作っているんだっていうのがわかって面白いと思いました。







*当時の僕*

そこから2年、2011年に何故かFacebookに突然Oさんが友達リストに現れました。



あ!Oさんだ!!



僕はそのとき丁度ティーチングプロとトレーナーの資格を取ってNYで仕事をし始めたところだったので



その報告も兼ねて友達の申請をさせて頂いたら快く承諾してくださりました。



それで彼女のページを見て、ここで彼女があのO嬢だということを知ったんだね笑



びっくりしたよ。



あのOさんがいつも読んでた「O嬢日記」の人だったんだって笑



あの漫画のまんまのキャラなんだってのがわかって最高だった笑笑



そこからさらに数年、



僕はアメリカで働くための労働ビザを取得できなかったから日本に帰ることになったんだけど



僕の生徒さんのOzawasanがUS OPENを観にフィラデルフィア行きましょう!



と誘ってくださったので行ってきました。



Ozawasanは藤田寛之プロの大ファン。



なのでずっと藤田プロを追いかけていていたんだけど、ふとしたときにコースをみて気がつきました。





あ、いた笑



なんとなく、彼女に会える気がしていたので手を振ったら彼女も気がついて手を振ってくれました。



そのときは彼女は取材が忙しそうだったのでお話をせずに帰りました。



でもどんな取材をされてるのかな?



と思ってまた彼女のページに行ってみると「編集長」ってどこかに書いてあったのに気がついた。



え!?



O嬢ってそんなに偉かったの!?もしくはのし上がったのか!??



でもいつFacebook見ても忙しそうだからなぁ。。



仕事ができそうな彼女だったら納得でした。



そしてその後僕は日本に帰国。



そこからさらに1年経って僕はアメリカに戻ったんだけど、その後Gearsのデモを行うことになって今回の出張にくることになったわけだ。



それで、せっかく日本に帰るんだったら今後日本の業界を変えていく上で鍵になる人物には時間がある限りスパイシーと会いにいくということに。



ブログには書いてないけど、実際僕とスパイシーは鬼スケジュールの合間を縫って色々な人たちに会いにいったんだ。



でもゴルフの業界で世界を股にかけてお仕事をされているのは彼女だけ。



日本だけじゃなく、世界に実際に自分の足で取材にいって現地の人たちと業界の一番ホットな人たちとコミュニケーション撮り続けている彼女の意見は絶対に聞いておかなきゃいけないと思ったんだ。



だから会いにいかなきゃってなったんだけど



彼女が時間を作ってくださった日にちっていうのが



全英オープンから帰った直後/会議/編集作業/次の取材の準備でクソ忙しいのにお時間を作ってくださったんだ。



本当に申し訳ないと思ったけど、それでも僕とスパイシーなんかにお時間を割いてくださった彼女に感謝でした。




彼女にスパイシーを紹介し、



改めて名刺交換。



名刺に書かれている役職をみてぶったまげた。



大ボスじゃねーか!!



なんてこった。



できる女なんてもんじゃなかったのだ。



スケールの大きい女性だと思ってたけど、



これほどまでとはと僕はうろたえを隠せなかったんだぜ笑



そんなわけで昔話に花を咲かせた後、



僕らがこれから業界に向けてどのような活動をしていくかという話をし、それに対してご意見を頂きました。



ご意見を頂いている最中、副編集長であるタイチさんもjoinしてくださりました。(彼も紙面に登場してたりするので探してみるのだ!笑)



そしてタイチさんは僕と大の仲良しであるゴルフテックの渡辺隆介コーチの先輩だったりということで色々なところで人と人との繋がりがあるなとびっくりしました。



その後、タイチさんも加わり日本のゴルフ業界や人々に対してどのようにして情報を発信するかなど、色々と教えて頂き今回の面会は終了しました。



そのおかげで僕とスパイシーがずっとモヤモヤしてしてたこともクリアできたし、前よりも日本の業界の理解が深まりました。



お礼を伝え、おみやげにその月のGolfTodayを頂きました。



何か買いに行く時間的な余裕と荷物が多すぎたので何かを持っていく余裕なんかなかったんだけど、やっぱり何か持っていくべきだったと反省しました。



その後、電車でスパイシーの実家へ。



その移動の記憶は全くない。



気がついたらスパイシーと中華屋に入って餃子食ってた。




日本最後の夜の飯が大好物の餃子って最高だったぜ。



餃子を食いながら、



スパイシーがOさんが自分たちのために時間を割いてくださってご意見をくださったんだからということでそこからまた今後の活動についてずっと話合い。



話がまとまり、スパイシーともバイバイ。



次の日僕は朝また運動学習の講習をやってから羽田空港からアメリカに戻ることになってたからスパイシーと日本で会うのはその日が最後だった。



まあアメリカに戻っても毎日数時間ミーティングしてるから別に寂しいとかってのはないんだけど、



彼は僕が日本に滞在中ずっと車を出して送り迎えしてくれてたからね。



彼にもありがとうだったのだ。



まあそんな感じで



僕は7/30、夕方に羽田からカナダ経由で日本に帰りましたとさ。



飛行機乗ってからどうやってアメリカの家に帰ったかも記憶がないくらい疲れてたけど、今回の日本出張でできることは全部やったと思います。



そして日本出張で行ってきたことが今、色々な分野で活きてきている。



あの時スパイシーとたくさん動いて本当に良かったのだ。



そんなわけで、たいきの日本出張編はこれで終了です。



正直もっと早く終わるはずだったんだけど、結局年末までかかってしまった。



次回からはROTEXに関しての記事を書くと思います。



お楽しみに 😉



たいき



P.S.



Oさんとタイチさんへ、



今回僕らのために本当に忙しい中わざわざお時間を割いてくださったことは感謝してもし切れません。



この恩は将来必ずお返しします。



See you guys soon!!