こんにちは!
今日は僕がどのような経緯でティーチングプロを目指すことになったかというきっかけ+アルファを書こうと思います。
これを読まれてしまったら、僕の単純な思考回路がバレてしまうのですが(笑)
そんなわけで以下からがたいきストーリーになります![]()
2007年の冬、当時日本の大学のゴルフ部に在籍していた僕は顧問の先生に許可を頂き、テキサス州に住んでいるゴルフの師匠(University
of North Texasの学生)の家に居候させて頂いておりました。
目的は世界最高のゴルフインストラクターの一人である、Hank
Haneyの弟子から当時のアメリカ最先端のスイング理論を学ぶことでした。
師匠は当時Hankから直接習っていて、完璧なスイングをしていました。
なので僕はそこの練習場で完璧なスイングを身につけ、ツアープロになり、日本という国にここまで育てて頂いた恩をゴルフで返すという個人的な夢も叶えることができると勝手に妄想していました。
師匠は僕をMckinneyという場所にあるHank
Haney Golf Ranchに連れて行ってくださり、当時その練習場のHead
DirectorだったPeter
Murphyというインストラクターを紹介してくださいました。
*ちなみに、Peterが出演していたテレビ東京の番組はこちら→http://www.tv-tokyo.co.jp/g-academia/bn.html#bn
PeterはHankの元で15年レッスン活動をしていたとても腕の良いインストラクターです。そんな彼にスイングを見てもらえるなんて、夢のようでした。
僕はその当時、日本のレッスン書やゴルフ雑誌を毎日読み漁り、それらに書いてあることを総結集したようなゴルフスイングをしていて皆にもミヤはタイガーみたいなスイングしているね!と言われていたこともあって自分でも良いスイングをしていると信じて疑いませんでした。
しかし、Peterにスイングを診てもらうとそれはもうボロカスに言われました。
僕のスイングは全否定され、今まで言われてきたこととは全く逆のゴルフスイングを覚えることになり、かなり戸惑ったのを覚えています。
最初は自分が好きだった雑誌のコーチが言ってたことが否定されて悔しい気分だったし、新しいスイングも納得いかないことだらけでした。
しかし、Hank
Haneyのスイング理論を学べば学ぶほど、日本ので言われていたスイング理論とアメリカのそれとは全くの別モノだと思えてきたのです。
そこで、ある日僕はPeterにこんな質問をしました。
『ねえピーター、なんで僕のスイングはダメだったの?僕のスイングはアメリカで勉強してきたっていう日本のインストラクターの人たちの教えを反映してものだと思うんだけど。。』
すると、
『あー、タイキ?たぶんだけどな、そいつらは英語を理解できてないんじゃないか?彼らは間違った解釈をして、間違った情報を教えているんだと思うよ。』
この一言を聞いたとき、とても驚きました。
だってそれだったら僕の大好きだったゴルフ雑誌や番組で言われていたことが全部間違ってたってことになるからです。
でもそれを聞いたおかげで、僕の将来やるべきことが決まりました。
『アメリカで正しいスイング理論と身体の使い方を学び、それらを日本に持ち帰る。』
Hankの練習場には当時から世界中のトップアマとプロが練習していて、彼らのレベルの高さを目の当たりにした僕は、ツアープロになるという夢を完全に諦めていました。
しかし、もしかしたらティーチングプロにならなれるのではないか?と思ったのです。
当時の僕は帰国子女にも関わらずロクに英語も話せないアホでしたが、なんとなくアメリカ人的な言い回しやニュアンスを聞き取れると自分では思っていました。
もしかしたら、僕なら今雑誌に載っている人たちが分からなかった英語のニュアンスがわかるかもしれない。
そうしたら僕が日本の間違って流れている情報を正せるんじゃないか?
他に誰ができるんだろう?
誰もできないんだったら、僕がやってやる!!
かなり頭が悪そうですが、これが僕がティーチングプロを目指すことになったきっかけです。
それから日本に帰り、師匠のようにアメリカの大学院で勉強して英語の研究論文を読めるようになることと国際的なコミュニケーションを身につけることを意識し始め、留学を決意。
師匠はUniversity
of North TexasでMBAを取ったので、僕は彼とは違う分野である運動科学を勉強することにして、渡米。
そこから学業を中心にNYでレッスン活動を少しずつ始め、色々な人と出会い、学び、議論し、ゴルフだけではなくトレーニングや国際的な物事の考え方を少しずつ学ばせて頂き、
気がついたら周りに自分のことを好きになってくれた人がたくさんいて、その方達がサポートしてくれたおかげで僕はNYで好き勝手にレッスンとトレーニング活動ができるようになっていたのです。
残念ながら2013年はアメリカの労働ビザが取れなかったため日本に帰ってきましたが、近いうちに必ずアメリカに帰るつもりでいます。
というか、日本とアジアのゴルフ業界の未来のため、帰らなければならないのです。
将来、松山くんや遼くんみたいな子がたくさん育ったらと思うとワクワクしますよね?
今までのシステムではできなかったことが、アメリカの人たちと協力してやればできるようになることがたくさんあるのです。
僕がこれからビザのスポンサーの方や日本ゴルフスイング研究所のHiro、そして他にご協力してくださる皆様と一緒にやろうとしていることは、今までのやり方ではできなかったことです。
これ以上は長くなってしまうので今回それについて書きませんが、それは後々書かせていただきます。
しかし僕はいつ日本を発ってしまうか分からないので、なるべく早めにとは考えております。
是非楽しみに待っていてください ;)
それでは長々と僕の酷い日本語の文章を読んで頂きどうもありがとうございました。
今回は以上になります。
たいき
