弁当の極意!という題名の26話兼OVA(学園ストーリーのアニメ)
http://www.anitube.jp/video/35479/Toradora-Bentou-no-Gokui-OVA
今回のお話は(学園ストーリーのアニメです)、主人公の友人「キタムラくん」のおばあちゃんが作るお弁当を見て、自分の主婦力(お弁当力)が劣っていると感じ、キタムラくんのおばあちゃん「みよちゃん」に勝つため奮闘するストーリーとなっている。
主人公はあらゆる策を展開していく・・・
かつとじ弁当から始まり、おばあちゃん=年配の人にはない発想のカップラーメン(みよちゃん(おばあちゃん)もカップスープを展開してきて惨敗な気持ちになる・・・)、ついには炊き込みご飯を教室で作り出す始末。(先生にコンセントを抜かれ、出来上がり半ばで惨敗)
このストーリーの結論、つまり弁当の極意は「誰のための弁当か」ということで終わります。
みよちゃん(おばあちゃん)はキタムラくんの事を想い、キタムラくんを喜ばせる為だけに作っている弁当で、それをキタムラくんが喜び、それを見たクラスメイトが喜び、結果的にみよちゃんの弁当が凄いものだ。というふうに主人公はとらえました。
アニメの最後に、主人公は彼女の為に作っているということを忘れてしまって、みよちゃんに勝つことだけを考えていた自分が間違っていることに気づく。(彼女のおいしいの一言と表情を目にしてはっとするシーンがあるのです。)
だらだらと皆様が見ていないアニメの説明をしましたが、私が何を言いたいかと言うと
今の社会、競合他社との価格競争など、とにかく今の企業は戦い抜き、勝つことを考えすぎている。
本当にやらなくてはいけない弁当の極意「喜ばせたい相手の気持ちを考えているか」と思ったわけです。
今の企業に必要なもの、それはライバル(他社)を見て作戦を考える事(おばあちゃんの弁当を見てそれに勝つためにいろんな弁当を作ること)ではなく、顧客となるターゲットの気持ちを見つめることだと思ったのです。
顧客が喜び、その周りが称え世の中が称える。商売の原点はここにあったのか・・・と考えさせられました。(何でこんなアニメで・・・)
いつも素晴らしいものとは原点、身近な所にあるといいますが、これは意外に本当の「極意」なのではないかなと思ったので書かせていただきました。
どうか皆様も今の商売のスタイルを今一度見つめなおし、原点に戻ってみてはいかがでしょうか。