これは誰にでも当てはまることではないかもしれないが
この1年でのわたしのダイエットについて
お話ししたいと思う
毎年10月に健康診断が行われるが
昨年と今年の健康診断で体重が約11kg減った
昨年は、BMIが標準値を上回っていたが
今年は、ほぼ標準あるいは、標準より少し下回る結果となった
体重が減った原因の一つとして、
今年の8月に事務職から現場の作業者となったことも
影響していると思うが
もう一つの大きな影響として
砂糖抜きの効果が大きいと思う
昨年、CWでお世話になっている小嶋先生に
体重が標準よりも多い原因について
筋肉反射(脳反射)で確認してもらったところ
砂糖の摂取良が多いために、それが体重に
影響しているとのことだった。
私の場合の適正量は、一日3gとのこと。
それまでは、コンビニで毎朝コーヒーを買う時に
砂糖を6gいれることが習慣化していた。
そこで、徐々にではあるが砂糖の摂取量を減らすことにし
最終的に、コーヒーには砂糖を入れずに飲むようになった
その結果、毎朝のお通じの状態がよくなり。
結果的に体重が適正体重に近づいたのだ。
その証拠に、これまで砂糖抜きで食べることを中断していた
チョコレートなどの砂糖を多く含む菓子を、
ここ数日、食後の口寂しさを解消するために
食べ続けていたところ
また、お通じの状況が、スムーズでなくなり
コロコロ状態となり、更に、すっきりと出切る
感じが無くなってきた。
ということで、また、砂糖抜きをすることにした。
以前相談した時に、健康に良いと言われている
黒砂糖の様なものはどうかを
小嶋先生に確認したところ、黒砂糖も砂糖ですから同じですが
果物に含まれる甘み成分は問題ないとのことだった事を思い出し
食後の口寂しさを解消するために、砂糖を含む菓子の代わりに
リンゴなどの果物を食べることにした。
その結果、今晩、テキメンに、お通じの状態がスムーズになり
また、腸の常在菌が適正化したことを感じた
ということで、私の場合、砂糖が腸の消化をつかさどる常在菌へ
悪影響して、消化の状態を悪くする。
その結果、消化不良を起こし体重に影響している事がわかったのである。
どなたにも、同様の効果があるとは言えないが、
体重の削減で悩んでいる方も、一度は、砂糖抜きを
試してみる価値があるのではないかと思う。
それでは、今日はこの辺で
また明日お会いしましょう。
毎日、毎日、仕事に行くのも
何かしら、次、次に問題を起こしては、解決していくのも
毎日、毎日、食事をして時間を過ごすのも
毎日、毎日、食事をした後の片づけをするのも
結局、ヒマだから
こうしたい、ああなりたい
と言って、何か目標に向かって励むのも
どれをとってもヒマツブシ
何かをなすために、この世に生まれてきたのではない
ただのヒマツブシにやってきた
たまに、お化け屋敷に行って
怖い怖いと言っているように
わざわざ、問題を作って、怖がり解決する
ゲームをしているのもヒマツブシである
今まで、僕も、さんざんやってきた
劣等感から、
権力、特に会社では、上司に対して反発し
逆に、自分に対して反発する部下に対しては、
権力を使って制裁を加えようとしていた
『権力』に反発するくせに、自分はその権力を使ってきた
権力により、人を従わせることができないということを
身をもって知っているのに…
権力を自分が使うときには、正義と思って使用する。
反対に、権力を行使されるときには、猛反発する
それにより、上司との関係がこじれ
反発する部下との関係も上手くいかなくなり問題が起こりました
自分の中の考え方の矛盾が
外側に顕在化した状況です
原因は、自分の中の考え方に矛盾があるためです
その自分の内側にある考え方の矛盾を
内部対立と言うそうです
わたしの中の内部対立…
部下は上司に逆らってはいけない。上司の言うことに従うべきだ。
上司は、部下の言うことを聞いてやるべきだ。
あい矛盾する考え方(内部対立)に基づき
外側に問題を作って解決するゲームを
何度も何度も繰り返してきました
時間つぶしには最適でした。が、
そろそろ終わりにすることにします
同じ時間つぶしをするにも
この世を堪能するための何かしら楽しいことをして
これからの人生を使っていきたいと思います
それでは今日は、この辺で
また、明日お会いしましょう
何かしら、次、次に問題を起こしては、解決していくのも
毎日、毎日、食事をして時間を過ごすのも
毎日、毎日、食事をした後の片づけをするのも
結局、ヒマだから
こうしたい、ああなりたい
と言って、何か目標に向かって励むのも
どれをとってもヒマツブシ
何かをなすために、この世に生まれてきたのではない
ただのヒマツブシにやってきた
たまに、お化け屋敷に行って
怖い怖いと言っているように
わざわざ、問題を作って、怖がり解決する
ゲームをしているのもヒマツブシである
今まで、僕も、さんざんやってきた
劣等感から、
権力、特に会社では、上司に対して反発し
逆に、自分に対して反発する部下に対しては、
権力を使って制裁を加えようとしていた
『権力』に反発するくせに、自分はその権力を使ってきた
権力により、人を従わせることができないということを
身をもって知っているのに…
権力を自分が使うときには、正義と思って使用する。
反対に、権力を行使されるときには、猛反発する
それにより、上司との関係がこじれ
反発する部下との関係も上手くいかなくなり問題が起こりました
自分の中の考え方の矛盾が
外側に顕在化した状況です
原因は、自分の中の考え方に矛盾があるためです
その自分の内側にある考え方の矛盾を
内部対立と言うそうです
わたしの中の内部対立…
部下は上司に逆らってはいけない。上司の言うことに従うべきだ。
上司は、部下の言うことを聞いてやるべきだ。
あい矛盾する考え方(内部対立)に基づき
外側に問題を作って解決するゲームを
何度も何度も繰り返してきました
時間つぶしには最適でした。が、
そろそろ終わりにすることにします
同じ時間つぶしをするにも
この世を堪能するための何かしら楽しいことをして
これからの人生を使っていきたいと思います
それでは今日は、この辺で
また、明日お会いしましょう
今日は、妻の誕生日だ。
家内は、あまり物を欲しがらないタイプなので
何かプレゼントとも思ったのだが…
会社の帰りに買い出しをして
回鍋肉 と かに玉スープを作ろうかと考え
昨夜、家内にその旨を伝えたところ
買い物によるよりも何よりも早く帰ってきて
欲しいとのことだった。
全く、僕にはもったいないほどの出来た可愛い妻だ。
妻の希望にこたえて、
寄り道せずに家に帰ってきた。
家内の手伝いをしながら
夕飯の支度をし、三女と家内と私の三人で食事をした。
しばらくして、次女と長女が、順次帰宅した。
長女は、FLOのケーキを買ってきて、夕食後に
皆でケーキを食べ、しばらく、楽しいひと時を過ごした。
その後は、洗い物が残っていた。
長女も次女も思い思いに楽しみを見つけ、
3女は受験勉強ということで、
洗い物だけは、残ったままだった。
今日は家内の役に立とうと、洗い物をしたが
けっこう、時間と手間のかかる作業である。
色々とやっていて、気が付いたらもう11時
になろうという時間だ。
夕飯の後の片づけをやっただけ、しかも、
今日の夕飯の後だけだというのに
洗っている最中、
なんで、こんなにずっと洗い物をし続けるのか。
一辺に済ませられないものか、などと
文句を言っているような言葉が、頭に浮かんてきた。
夕飯の時間がバラバラな長女と次女がいるだけで
食器の洗い物が切れない。常に、シンクに立ち
洗い物をしているような錯覚を覚えた。
これを毎日家内は、来る日も来る日も
やり続けていたんだなぁ…
そんなことを、つらつら考えたていたら
改めて、家内へ感謝の思いががわいてきた。
毎日、子どもや、夫の帰りを待ち
帰ってきて食事の支度、片づけ
帰る時間がバラバラとくれば、家内の休む時間が
毎晩遅くなるのも当然だ。
現に、毎晩遅くに、家内は床に就く。
やっと洗い物は、済ませて、ブログを書きはじめた。
まあ全部終わっていないかとも思ったのだが
やはり、残っておりました。
明日の朝ごはんの洗米を、家内が台所に立って
やっておりました。
まあ、毎日、毎日ですから、今日は、その大変さを
少しだけですが、垣間見たという感じでした。
改めて、家内に感謝です。
今日11月6日は、家内の誕生日。
来る11月18日は、結婚記念日で、
結婚して丸26年のになります。
毎日毎日、26年のも歳月を、僕や家族のために
働いてくれてありがとう。
感謝、かんしゃ、です。
妻ちゃん ありがとう。
家内に感謝の念がわいたところで、
今日は、この辺りといたします。
明日もまたお会いいたしましょう。
家内は、あまり物を欲しがらないタイプなので
何かプレゼントとも思ったのだが…
会社の帰りに買い出しをして
回鍋肉 と かに玉スープを作ろうかと考え
昨夜、家内にその旨を伝えたところ
買い物によるよりも何よりも早く帰ってきて
欲しいとのことだった。
全く、僕にはもったいないほどの出来た可愛い妻だ。
妻の希望にこたえて、
寄り道せずに家に帰ってきた。
家内の手伝いをしながら
夕飯の支度をし、三女と家内と私の三人で食事をした。
しばらくして、次女と長女が、順次帰宅した。
長女は、FLOのケーキを買ってきて、夕食後に
皆でケーキを食べ、しばらく、楽しいひと時を過ごした。
その後は、洗い物が残っていた。
長女も次女も思い思いに楽しみを見つけ、
3女は受験勉強ということで、
洗い物だけは、残ったままだった。
今日は家内の役に立とうと、洗い物をしたが
けっこう、時間と手間のかかる作業である。
色々とやっていて、気が付いたらもう11時
になろうという時間だ。
夕飯の後の片づけをやっただけ、しかも、
今日の夕飯の後だけだというのに
洗っている最中、
なんで、こんなにずっと洗い物をし続けるのか。
一辺に済ませられないものか、などと
文句を言っているような言葉が、頭に浮かんてきた。
夕飯の時間がバラバラな長女と次女がいるだけで
食器の洗い物が切れない。常に、シンクに立ち
洗い物をしているような錯覚を覚えた。
これを毎日家内は、来る日も来る日も
やり続けていたんだなぁ…
そんなことを、つらつら考えたていたら
改めて、家内へ感謝の思いががわいてきた。
毎日、子どもや、夫の帰りを待ち
帰ってきて食事の支度、片づけ
帰る時間がバラバラとくれば、家内の休む時間が
毎晩遅くなるのも当然だ。
現に、毎晩遅くに、家内は床に就く。
やっと洗い物は、済ませて、ブログを書きはじめた。
まあ全部終わっていないかとも思ったのだが
やはり、残っておりました。
明日の朝ごはんの洗米を、家内が台所に立って
やっておりました。
まあ、毎日、毎日ですから、今日は、その大変さを
少しだけですが、垣間見たという感じでした。
改めて、家内に感謝です。
今日11月6日は、家内の誕生日。
来る11月18日は、結婚記念日で、
結婚して丸26年のになります。
毎日毎日、26年のも歳月を、僕や家族のために
働いてくれてありがとう。
感謝、かんしゃ、です。
妻ちゃん ありがとう。
家内に感謝の念がわいたところで、
今日は、この辺りといたします。
明日もまたお会いいたしましょう。
幸せってなんだっけ、っと考えた時に
お風呂に入って、ふぅ~ っと、息をつくとき、
思わず、幸せぇ~ と口をついて出てしまうのも
おなかがすいっているときに、美味しいご飯を食べた時
日本人に生まれてきていかった~
幸せだぁ~ と つい漏れてしまうのも
納豆が食べたいと思っているときに、納豆が食べられたとき~
うめぇ~さいこ~ とつい、言ってしまう。のも
トイレを我慢して、我慢して、我慢して、がまんして、がまんした後に
トイレに駆け込んで、すぅーっと済ませた時
あぁ゛~ とつい漏れてしまうのも
幸せは、その前に、ひっぱって、ひっぱって、引っ張ってがあるから
幸せを感じることができるんだなぁ~
今、不幸???ひっぱった状態が、
長ければ長いほど、強ければ強いほど
あぁ゛~ という状態を、強く感じるものなのかもしれません
だから、いま、ひっぱった状態が強い人は、
次の あぁ゛~ が来た時に、
心からの、あぁ゛~ が、味わえるんじゃないでしょうか?
不幸???引っ張った状態は、
あぁ゛~を味わうための重要な、
条件なんだと思います
このことを不幸の時は、
感じられないというのが、悲しいかな
人間のサガなのでしょうか~
わたしが以前、何度かセミナーに参加して
教わった事のある、
人生の師の伊東聖鎬(いとうせいこう)先生は、
背骨が折れた時に、やったーと思いますよねぇ~と言っていました。
未だ、折ったことのない頭蓋骨を折ってみたいですよねぇ~
普通に考えたら、変な人ですが
引っ張った状態だと考えれば、
うなずける気がします。
ただ、伊東先生の言っている意味とは、また、
別の意味で違ったものの様な気がしますが、
きっと、もっと、深い部分があるのかもしれません
ただ、人は、あきらめてしまいます。
諦めたら、その扉は閉じてしまうのかもしれません
永遠にそこから抜けられなかったという
印象だけが、残って…
だけれど、それは、それでよいのかもしれません
情熱をかけられるものだけに
情熱を傾け、
情熱のおこらないものは、さっさと諦める
というのも、一つの手ですかねぇ~
今日は、この辺で
それではまた明日お会いしましょう
お風呂に入って、ふぅ~ っと、息をつくとき、
思わず、幸せぇ~ と口をついて出てしまうのも
おなかがすいっているときに、美味しいご飯を食べた時
日本人に生まれてきていかった~
幸せだぁ~ と つい漏れてしまうのも
納豆が食べたいと思っているときに、納豆が食べられたとき~
うめぇ~さいこ~ とつい、言ってしまう。のも
トイレを我慢して、我慢して、我慢して、がまんして、がまんした後に
トイレに駆け込んで、すぅーっと済ませた時
あぁ゛~ とつい漏れてしまうのも
幸せは、その前に、ひっぱって、ひっぱって、引っ張ってがあるから
幸せを感じることができるんだなぁ~
今、不幸???ひっぱった状態が、
長ければ長いほど、強ければ強いほど
あぁ゛~ という状態を、強く感じるものなのかもしれません
だから、いま、ひっぱった状態が強い人は、
次の あぁ゛~ が来た時に、
心からの、あぁ゛~ が、味わえるんじゃないでしょうか?
不幸???引っ張った状態は、
あぁ゛~を味わうための重要な、
条件なんだと思います
このことを不幸の時は、
感じられないというのが、悲しいかな
人間のサガなのでしょうか~
わたしが以前、何度かセミナーに参加して
教わった事のある、
人生の師の伊東聖鎬(いとうせいこう)先生は、
背骨が折れた時に、やったーと思いますよねぇ~と言っていました。
未だ、折ったことのない頭蓋骨を折ってみたいですよねぇ~
普通に考えたら、変な人ですが
引っ張った状態だと考えれば、
うなずける気がします。
ただ、伊東先生の言っている意味とは、また、
別の意味で違ったものの様な気がしますが、
きっと、もっと、深い部分があるのかもしれません
ただ、人は、あきらめてしまいます。
諦めたら、その扉は閉じてしまうのかもしれません
永遠にそこから抜けられなかったという
印象だけが、残って…
だけれど、それは、それでよいのかもしれません
情熱をかけられるものだけに
情熱を傾け、
情熱のおこらないものは、さっさと諦める
というのも、一つの手ですかねぇ~
今日は、この辺で
それではまた明日お会いしましょう
昨日は、仕事について自分の中の価値観の変遷を書いてみた。
今日は、単に【仕事】ということについて考えてみた。
仕事というのは…
事に仕えると書くんだよね~
と家内が、教えてくれたが、
そこには、お金を稼ぐことというのは、全く入っていない。
しかし、わたしの価値観の中では、
仕事をするとお金が入って来る。
逆に、仕事をしなければ、お金が稼げない。
…というところまで、考えが凝り固まり、硬く固い信念になっている。
最近、不労収入という言葉もあり労働によらずに、
収入を得る方法もあるが、
未だに、真面目に働かなければ(仕事をしなければ)
収入も得られないという、洗脳に凝り固まっている。
仕事とお金(金銭的な収入)が切っても切り離せない関係にある
というように、洗脳されてしまっているのではないかと思うのである。
仕事は本来的に言えば、事に仕えるだけであって、収入と結びつく
というのとは、全く、別物と考えてよい。
単に、やりたいことをやる、そうすると、疲れない
やりたくないことをやるから、うんだり、疲れたりするのである。
仕事とは、本来、うまず、たゆまず、するものであり。
いやいややるものでもなく、
楽しいからこの仕事を選んだというのが、本来的なことだと思うのです
より多くの収入があるからその仕事を選んだという
以外の道もあるのではないか、と思うのです。
いや、その仕事をやりたくて仕方がない、
ということが本来的な意味合いであり。
お金と仕事を切り離すべきである!!!
仕事を一生懸命やる。というのは
努力してやるというのとは、訳が違うと思うのである。
努力という言葉には、いやいやだけど、
無理をオシテというような印象が強いが、
本来、好きなことであれば、ないめいせい に従って、
いくらやっても疲れない、休憩もせずに、没頭するくらい内からの力に
突き動かされる感覚が、本来のモノである、と思うのである。
昔の彫り物師が、木の中に眠っている仏像を、
掘り出す作業をしているだけです。
単に、私は、ここ掘れわんわんではないけれど、
ないめいせいに 突き動かされて、掘り起こす作業をするのみだ
ということを、聞いたことがある。
本来の仕事の意味というのは、そういうことであると思うし、
わたしは、そのように生きていきたいと思う。
わたしの ナイメイセイ に従って、本来の仕事をしていきたいと思う。
私にしかできない仕事、そういうものは、必ず見つかる。
それでは、また明日、お会いしましょう。
ps 賢者テラさんは、ナイメイセイに突き動かされて
彼の本来の仕事をしているのだと思います。
今日は、単に【仕事】ということについて考えてみた。
仕事というのは…
事に仕えると書くんだよね~
と家内が、教えてくれたが、
そこには、お金を稼ぐことというのは、全く入っていない。
しかし、わたしの価値観の中では、
仕事をするとお金が入って来る。
逆に、仕事をしなければ、お金が稼げない。
…というところまで、考えが凝り固まり、硬く固い信念になっている。
最近、不労収入という言葉もあり労働によらずに、
収入を得る方法もあるが、
未だに、真面目に働かなければ(仕事をしなければ)
収入も得られないという、洗脳に凝り固まっている。
仕事とお金(金銭的な収入)が切っても切り離せない関係にある
というように、洗脳されてしまっているのではないかと思うのである。
仕事は本来的に言えば、事に仕えるだけであって、収入と結びつく
というのとは、全く、別物と考えてよい。
単に、やりたいことをやる、そうすると、疲れない
やりたくないことをやるから、うんだり、疲れたりするのである。
仕事とは、本来、うまず、たゆまず、するものであり。
いやいややるものでもなく、
楽しいからこの仕事を選んだというのが、本来的なことだと思うのです
より多くの収入があるからその仕事を選んだという
以外の道もあるのではないか、と思うのです。
いや、その仕事をやりたくて仕方がない、
ということが本来的な意味合いであり。
お金と仕事を切り離すべきである!!!
仕事を一生懸命やる。というのは
努力してやるというのとは、訳が違うと思うのである。
努力という言葉には、いやいやだけど、
無理をオシテというような印象が強いが、
本来、好きなことであれば、ないめいせい に従って、
いくらやっても疲れない、休憩もせずに、没頭するくらい内からの力に
突き動かされる感覚が、本来のモノである、と思うのである。
昔の彫り物師が、木の中に眠っている仏像を、
掘り出す作業をしているだけです。
単に、私は、ここ掘れわんわんではないけれど、
ないめいせいに 突き動かされて、掘り起こす作業をするのみだ
ということを、聞いたことがある。
本来の仕事の意味というのは、そういうことであると思うし、
わたしは、そのように生きていきたいと思う。
わたしの ナイメイセイ に従って、本来の仕事をしていきたいと思う。
私にしかできない仕事、そういうものは、必ず見つかる。
それでは、また明日、お会いしましょう。
ps 賢者テラさんは、ナイメイセイに突き動かされて
彼の本来の仕事をしているのだと思います。
今日は、仕事について書いてみたい。
仕事とはなんだろうか?
現代社会では、仕事とは、労働力を提供して、
その対価として、給料を得るというシステムになっている。
そのため、給料の高い、安いで、仕事に優劣を付けがちである。
高い仕事が、良い仕事で、安い仕事は悪い仕事
という教育を受けて、少なくとも私はそれを受け入れてきた。
しかしながら、それが全くの、洗脳であると思いいたった。
よく、仕事に優劣はない、というが、
極端に言うと、仕事と、遊びを比較した時にも、
そこに優劣はないということ…
仕事は良くて。遊びが悪いということでもない。
現に、野球の選手の仕事は、野球だが、
一般の人が、余暇で野球を楽しむのは、遊びと言われている。
…一体、何が違うのか、
かたや、金がもらえるから、仕事。
金を払ってやるのが、趣味や遊び。
という洗脳を受け入れてきただけ。
野球は、仕事でも、遊びでもなく。
野球は、野球だ。ともいえる。
それでは、
わたしの実体験からお話しを進めさせていただこうと思う…
この8月1日から、それまで事務職だった私は、
現場作業を命じられ、自動車部品会社の倉庫で部品出荷
を担当するようになった。
(社内的には、降格、左遷といわれている。)
会社で扱っている部品は、おおかたが鉄でできたプレス部品で
それぞれを指定サイズのポリ容器に入れて出荷する。
ポリ容器の重量は一つ15キロ程度だ。
重くて人が持ち運びできない20キロを上限として、部品ごとに
容器のサイズと入れる数量が決められている。
8月の夏に異動になったため、暑いさなか作業して
汗をたくさんかいたためなのか、10月に行われた今年の健康診断
では、昨年に比べ、マイナス10キロ以上の減量となった。
また、一つ15キロと言っても、ポリ容器を2コ、3コとまとめて
持つ場合もあり、大分、腕の筋肉がついた気がする。
部品は、まとめてパレットという1メーター角の四角い板に乗せて、
フォークリフトで運搬することもある。
フォークリフトは、9月に特別講習を受けて、許可証を取得した。
講習を受けて一か月以上が経ち、毎日フォークの運転を少しづつでも
してきているので、だいぶ慣れてきて、
ある程度、ストレスなくパレットに乗せたポリ容器を運搬できるようになった。
事務職をやっていた時とは、全く違う仕事で、
どちらかというと、ガテン系である。
ガテン系をやってみて、
先ず事務職と違うのは、書類作りと違って、
こまごまと細かいことまでは、気を遣わないでよいということ。
毎日、部品の出荷伝票で指示された部品のポリを
要求された箱数、パレットにセットし、出荷の準備をする。
一定時間のうちに作業を終了させなければならないため
いかに早く作業できるかが仕事のポイントである。
どちらかというと、単調ではあるが、パレットへのポリ容器の積み方
などに気を遣いながら作業していると、
あっという間に、時間が過ぎ、
いつの間にか、夕方5時の終業時刻を迎える毎日である。
一つ一つの作業を確実に終わらせながら、
次の仕事、次の仕事、と思いを巡らせ作業していると
いつの間にか時間が過ぎ去っていき、
一種の瞑想状態なのではないかと思われる。
以前、事務仕事をやっていた時は、現場作業よりも高尚なことを
やっているのではないか、と勘違いしていたが、
何をもって、高尚というのかというと、
給料の多寡で判断していたことが、わかった。
今考えると、全く、失礼な話だが、
現場の仕事を下に見ていたことに気が付いた。
今では、現場の職長に教わりながら、仕事をしていく中で
そういう考えが無くなり、作業面での失敗を通して
自分のミスしがちな部分の改善につなげるようにしている。
ミスには単純なものが多いが、
潜在意識に関わる部分もあるのではないかと思え
改善することで、より丁寧な仕事を通して
より丁寧な生き方ができるようになるので
はないかと思うのである。
確かに、世間では、現場作業より事務職のほうが、
給料が高かったりする。
もし、現場作業のほうが、給料が高ければ、
学習塾ではなくて、スポーツジムがもっと、
流行っているかもしれない。
学力よりも、腕力を競うことになるかもしれない。
やはり、それは、わたしがお金に力を与え過ぎたたために
自分自身で受け取った、ユメ(洗脳)なのだと思う。
それから、フォークリフト作業をやってみて思ったことだが
フォーク作業では、パレットをに積んだ部品の上に、
上下のパレットの角をそろえて重ねたり、
色々と特殊技能が求められる。
十年ほど前に、テレビで宇宙船の船外活動で
耐熱タイルを貼るという作業(ミッション)を見たことを
思い出した。
フォーク作業も船外活動も、さして、違いはないなぁ
と感じるのである。
最終的にきれいにまとまりきれなかったが、
今日はこの辺で、終わりにしたいと思う。
それでは、また、明日、お会いしましょう。
仕事とはなんだろうか?
現代社会では、仕事とは、労働力を提供して、
その対価として、給料を得るというシステムになっている。
そのため、給料の高い、安いで、仕事に優劣を付けがちである。
高い仕事が、良い仕事で、安い仕事は悪い仕事
という教育を受けて、少なくとも私はそれを受け入れてきた。
しかしながら、それが全くの、洗脳であると思いいたった。
よく、仕事に優劣はない、というが、
極端に言うと、仕事と、遊びを比較した時にも、
そこに優劣はないということ…
仕事は良くて。遊びが悪いということでもない。
現に、野球の選手の仕事は、野球だが、
一般の人が、余暇で野球を楽しむのは、遊びと言われている。
…一体、何が違うのか、
かたや、金がもらえるから、仕事。
金を払ってやるのが、趣味や遊び。
という洗脳を受け入れてきただけ。
野球は、仕事でも、遊びでもなく。
野球は、野球だ。ともいえる。
それでは、
わたしの実体験からお話しを進めさせていただこうと思う…
この8月1日から、それまで事務職だった私は、
現場作業を命じられ、自動車部品会社の倉庫で部品出荷
を担当するようになった。
(社内的には、降格、左遷といわれている。)
会社で扱っている部品は、おおかたが鉄でできたプレス部品で
それぞれを指定サイズのポリ容器に入れて出荷する。
ポリ容器の重量は一つ15キロ程度だ。
重くて人が持ち運びできない20キロを上限として、部品ごとに
容器のサイズと入れる数量が決められている。
8月の夏に異動になったため、暑いさなか作業して
汗をたくさんかいたためなのか、10月に行われた今年の健康診断
では、昨年に比べ、マイナス10キロ以上の減量となった。
また、一つ15キロと言っても、ポリ容器を2コ、3コとまとめて
持つ場合もあり、大分、腕の筋肉がついた気がする。
部品は、まとめてパレットという1メーター角の四角い板に乗せて、
フォークリフトで運搬することもある。
フォークリフトは、9月に特別講習を受けて、許可証を取得した。
講習を受けて一か月以上が経ち、毎日フォークの運転を少しづつでも
してきているので、だいぶ慣れてきて、
ある程度、ストレスなくパレットに乗せたポリ容器を運搬できるようになった。
事務職をやっていた時とは、全く違う仕事で、
どちらかというと、ガテン系である。
ガテン系をやってみて、
先ず事務職と違うのは、書類作りと違って、
こまごまと細かいことまでは、気を遣わないでよいということ。
毎日、部品の出荷伝票で指示された部品のポリを
要求された箱数、パレットにセットし、出荷の準備をする。
一定時間のうちに作業を終了させなければならないため
いかに早く作業できるかが仕事のポイントである。
どちらかというと、単調ではあるが、パレットへのポリ容器の積み方
などに気を遣いながら作業していると、
あっという間に、時間が過ぎ、
いつの間にか、夕方5時の終業時刻を迎える毎日である。
一つ一つの作業を確実に終わらせながら、
次の仕事、次の仕事、と思いを巡らせ作業していると
いつの間にか時間が過ぎ去っていき、
一種の瞑想状態なのではないかと思われる。
以前、事務仕事をやっていた時は、現場作業よりも高尚なことを
やっているのではないか、と勘違いしていたが、
何をもって、高尚というのかというと、
給料の多寡で判断していたことが、わかった。
今考えると、全く、失礼な話だが、
現場の仕事を下に見ていたことに気が付いた。
今では、現場の職長に教わりながら、仕事をしていく中で
そういう考えが無くなり、作業面での失敗を通して
自分のミスしがちな部分の改善につなげるようにしている。
ミスには単純なものが多いが、
潜在意識に関わる部分もあるのではないかと思え
改善することで、より丁寧な仕事を通して
より丁寧な生き方ができるようになるので
はないかと思うのである。
確かに、世間では、現場作業より事務職のほうが、
給料が高かったりする。
もし、現場作業のほうが、給料が高ければ、
学習塾ではなくて、スポーツジムがもっと、
流行っているかもしれない。
学力よりも、腕力を競うことになるかもしれない。
やはり、それは、わたしがお金に力を与え過ぎたたために
自分自身で受け取った、ユメ(洗脳)なのだと思う。
それから、フォークリフト作業をやってみて思ったことだが
フォーク作業では、パレットをに積んだ部品の上に、
上下のパレットの角をそろえて重ねたり、
色々と特殊技能が求められる。
十年ほど前に、テレビで宇宙船の船外活動で
耐熱タイルを貼るという作業(ミッション)を見たことを
思い出した。
フォーク作業も船外活動も、さして、違いはないなぁ
と感じるのである。
最終的にきれいにまとまりきれなかったが、
今日はこの辺で、終わりにしたいと思う。
それでは、また、明日、お会いしましょう。
掃除の100日業もさることながら、
ブログ発信の100日業の継続について困っていたことがあります。
が、そのその困りごとを解消しするために、ある方法が役に立ちました
そのある方法というのは…
子どもたちが、テレビを見たり、
おまけに、長女の24才 大学3年の次女が、職場や学校であった話を 妻に話すので
ついつい、その話に聞き入ってしまい、ブログを書く手が止まってしまうのです。
妻は、良き相談相手なので
毎晩、長女・次女がそれぞれが、1時間程度は話しているため
ブログ更新が継続できない危険が出てきたと言う訳です。
私は、昔から、音に敏感で、
特に人の声が耳から入って来ると全く集中できないたちで…困っておりました。
そこで、今回イヤホンをして、youtubeで音楽を流し、
ブログ書きに集中できるか試してみることににしました。
試してみたら、なかなか、良いではないの~
すすむすすむ、ブログが進む…
しか~し、イヤホンの音よりも大きいのが、悲しいかな、次女の声なのでした
音楽を分け入って、わたしの耳に届くその声で、また集中できなくなってしまいました。
そこで、もうひと工夫…
耳栓をしてヘッドホンをかけることに…
(耳栓は、スポンジ状で、耳の穴の中で広がり音を遮断してくれるタイプです)
これには、さすがに大きい次女の声も、うまく遮られ、
無事にブログ更新を果たすことができました。
音に敏感で、集中できない方は、是非、お試しあれ…
最近よく聞いているのが、
庄司紗矢香さんのチャイコフスキーバイオリン協奏曲
のこれです↓
https://www.youtube.com/watch?v=N3YKSVHWNpw
バイオリンってこんなに、激しいものだったの~
へたなロックを聴くより躍動的で興奮の極みです。
お時間のある方は、庄司さんの演奏の様子を鑑賞しながら
楽しまれることをお勧めします。
きっと感動する事でしょう。
私が、初めてこの演奏を拝見・拝聴した時は、感動のあまり、涙があふれました。
それでは、今日はこの辺で
また、明日、お会いいたしましょう。
ブログ発信の100日業の継続について困っていたことがあります。
が、そのその困りごとを解消しするために、ある方法が役に立ちました
そのある方法というのは…
子どもたちが、テレビを見たり、
おまけに、長女の24才 大学3年の次女が、職場や学校であった話を 妻に話すので
ついつい、その話に聞き入ってしまい、ブログを書く手が止まってしまうのです。
妻は、良き相談相手なので
毎晩、長女・次女がそれぞれが、1時間程度は話しているため
ブログ更新が継続できない危険が出てきたと言う訳です。
私は、昔から、音に敏感で、
特に人の声が耳から入って来ると全く集中できないたちで…困っておりました。
そこで、今回イヤホンをして、youtubeで音楽を流し、
ブログ書きに集中できるか試してみることににしました。
試してみたら、なかなか、良いではないの~
すすむすすむ、ブログが進む…
しか~し、イヤホンの音よりも大きいのが、悲しいかな、次女の声なのでした
音楽を分け入って、わたしの耳に届くその声で、また集中できなくなってしまいました。
そこで、もうひと工夫…
耳栓をしてヘッドホンをかけることに…
(耳栓は、スポンジ状で、耳の穴の中で広がり音を遮断してくれるタイプです)
これには、さすがに大きい次女の声も、うまく遮られ、
無事にブログ更新を果たすことができました。
音に敏感で、集中できない方は、是非、お試しあれ…
最近よく聞いているのが、
庄司紗矢香さんのチャイコフスキーバイオリン協奏曲
のこれです↓
https://www.youtube.com/watch?v=N3YKSVHWNpw
バイオリンってこんなに、激しいものだったの~
へたなロックを聴くより躍動的で興奮の極みです。
お時間のある方は、庄司さんの演奏の様子を鑑賞しながら
楽しまれることをお勧めします。
きっと感動する事でしょう。
私が、初めてこの演奏を拝見・拝聴した時は、感動のあまり、涙があふれました。
それでは、今日はこの辺で
また、明日、お会いいたしましょう。
職場の掃き掃除を始めたのは10/27火曜日の朝からだったと思う。
家内からの質問で、
休みの日は、職場の掃き掃除ができないけど、100日業を継続するために
どうするの? …と聞かれて…
会社が休みの日には、最近、購入した新車シャトルの洗車や掃除をするよ。
ということで
今日で、掃除5日目です。
昨日のブログでもお話ししたように、
経験して感じたことを、自分なりに書いてみようと思います。
・先ず、職場の掃き掃除…
・何といっても、掃除し終わって、ゴミが無い職場で働くのが
何とも清々しい
・掃除しているときはどうか…
すごいほこりが…
いやはや、掃き掃除の初日10/27朝に掃除をした時は、驚きました…
無防備でマスクもせず職場の掃き掃除を15分程度した後に
鼻の奥にむずがゆさを感じ、鼻をかんでビックリ、
キチャナイ話ですが、鼻水の中に真っ黒なスナボコリが…
話ついでに、洗面所に言って、うがいをしたら、何と、ホコリの塊が
混じっているでは、あーりませんかw
それからは、完全防備…と言っても、単にマスクをするだけですが
必ず、マスクは欠かせません…
私の職場は、自動車部品を扱う倉庫の現場で、
製品を客先に倉庫から出荷するための準備をする職場なので、
外から持ち込まれる土や砂のホコリ・そして、部品についている微細な鉄粉が主な
チリやホコリとなり…
例えば、校庭で掃き掃除をすると、小高い砂の山ができますが、
あんな感じで、少しの区画(2m×2m程度の範囲)を掃き集めても、
ホコリと鉄粉の小山ができる
その小山を見た時に…なんと感じるか…
以前のわたしであれば、なんて汚い職場に来てしまったんだ…
と思ったかもしれないが…
最近は、こんな感じです…
このホコリがあるおかげで、
掃き掃除した後の清々しい気持ちのいい気分が味わえるわぁ~
ホコリの山にも、何とも言えない感謝の念がわく…ということで、
(・マナ先生が言っていた。裏大黒を忘れるな…
・津留晃一さんが言っていた。幸せです。
…という言葉の裏には、私は不幸を知っています。
・お釈迦さんが、言ってらした、人生は苦ばかり…
苦あれば楽あり、もとい…
苦があるから、楽が際立ち、苦が無ければ、楽さえも感じられない。
という言葉の数々が、思い出されるのでした)
・あともう一つ…100日業を継続するため
無理なく続けるために心がけていることは…
一日に5分でも良いから、無理せず続けようと思っていま~す。
それでは今日は、この辺りで…
また明日、お会いしましょ~ 皆さま、ごきげんよう…
おやすみなさい…
家内からの質問で、
休みの日は、職場の掃き掃除ができないけど、100日業を継続するために
どうするの? …と聞かれて…
会社が休みの日には、最近、購入した新車シャトルの洗車や掃除をするよ。
ということで
今日で、掃除5日目です。
昨日のブログでもお話ししたように、
経験して感じたことを、自分なりに書いてみようと思います。
・先ず、職場の掃き掃除…
・何といっても、掃除し終わって、ゴミが無い職場で働くのが
何とも清々しい
・掃除しているときはどうか…
すごいほこりが…
いやはや、掃き掃除の初日10/27朝に掃除をした時は、驚きました…
無防備でマスクもせず職場の掃き掃除を15分程度した後に
鼻の奥にむずがゆさを感じ、鼻をかんでビックリ、
キチャナイ話ですが、鼻水の中に真っ黒なスナボコリが…
話ついでに、洗面所に言って、うがいをしたら、何と、ホコリの塊が
混じっているでは、あーりませんかw
それからは、完全防備…と言っても、単にマスクをするだけですが
必ず、マスクは欠かせません…
私の職場は、自動車部品を扱う倉庫の現場で、
製品を客先に倉庫から出荷するための準備をする職場なので、
外から持ち込まれる土や砂のホコリ・そして、部品についている微細な鉄粉が主な
チリやホコリとなり…
例えば、校庭で掃き掃除をすると、小高い砂の山ができますが、
あんな感じで、少しの区画(2m×2m程度の範囲)を掃き集めても、
ホコリと鉄粉の小山ができる
その小山を見た時に…なんと感じるか…
以前のわたしであれば、なんて汚い職場に来てしまったんだ…
と思ったかもしれないが…
最近は、こんな感じです…
このホコリがあるおかげで、
掃き掃除した後の清々しい気持ちのいい気分が味わえるわぁ~
ホコリの山にも、何とも言えない感謝の念がわく…ということで、
(・マナ先生が言っていた。裏大黒を忘れるな…
・津留晃一さんが言っていた。幸せです。
…という言葉の裏には、私は不幸を知っています。
・お釈迦さんが、言ってらした、人生は苦ばかり…
苦あれば楽あり、もとい…
苦があるから、楽が際立ち、苦が無ければ、楽さえも感じられない。
という言葉の数々が、思い出されるのでした)
・あともう一つ…100日業を継続するため
無理なく続けるために心がけていることは…
一日に5分でも良いから、無理せず続けようと思っていま~す。
それでは今日は、この辺りで…
また明日、お会いしましょ~ 皆さま、ごきげんよう…
おやすみなさい…
始めまして、皆さん。
今日から、初めて、ブログを書き始めることにしました。
自分の経験をブログで発信することで、
自分らしく生きる方向、軸を作って行くのが一つの目的です。
(何という自分本位なブログなのでしょうw)
もう一つは、
わたしと同じような悩みをお持ちの方に
わたしの経験が少しでもお役に立てばと思い立ち
こうして、自分の経験や心情を発信することにしたのです。
もし、同じような悩みをお持ちの方が、わたしの記事を
お読みになって、参考になり、また、お役に立てれば幸いです。
<自己紹介>
わたしは、54才のサラリーマンで
3人の娘と妻の5人家族です。
一番上の娘は24歳で社会人、次女は、二十歳の大学3年生
3女は、高3の受験生です。
心情としては、どちらかというと、現代社会のシステムに対し
批判的な立場をとっている者ですが、
かといって
そこから、抜け出すこともできないでいることに、ある種のいらだちを感じている
ことも確かです。
現代社会システムというのは、政治や教育、医療システム、
また、会社システムに至るまでの
全てのシステムに対し批判的な意見をもっていながら、
いつかは、そこから抜け出して、自分の生きる道を探っていきたいと思っているのです。
今までは、何も行動を起こさず、ただ、自分の境遇や立場に文句を言ってきましたが
これからは、自分が発信者となり、
自分らしく生きる世の中造りを進めていきたいと思います。
<日記>
そのような中で、今回の発信のきっかけとなったのが、
昨日、CWでお世話になっている二宮の小嶋先生とのお話の中で頂いたヒントでした。
小嶋先生への相談内容は、以下の2つでした…
①どうしたら自分らしく生きられるのか
②座骨のプログラム障害(左座骨の揺らぎが無いため、3分以上座っていられない)
を自分で治せるようになるにはどうしたらよいのか
(実際には、治すのではなく生まれた時に自分で設定してきたプログムを組み替える
には、どうしたらよいのか)
今日は、①のどうしたら自分らしく生きられるか
ということについて、気づいた事柄について、記していこうと思います。
相談した結果、得られた結論は次の3つでした。
・先ず、やってみる
・そして、100日間続けてみる
・自分が発信者になってみる
というもの、
・先ず、やってみる
…は、聞いた話だけでは、自分の経験にならず。自分の経験として
語れないということ
(一人さんもある時、次のようなことを言っておられたと思います。
せっかく、教えてやってるのに、みんなやらねーんだよ。
みんな、その時は、そうだ、そうだっていうけど、結局やらねーんだよな~
小嶋先生も
自分の経験として、先ずやってみることが肝要で。
講習会に行って、いい話を聞いてその時は感動しても、それで終わっちゃうんですよね。
それでは、他人に何も語れませんよね~
逆に、やってみれば、自分の経験として何か語れますよね~というものだった)
・そして、100日間続けてみる
100日を目安として、続けることで、自分にとって効果があるか無いかの実体験ができる
また、経験する事で、効果のありなしに関わらず、別の何かが見えてくる場合がある。
(何か、真実に近いものが垣間見える場合があるかもしれませんよね~)
実際に続けることにより、その事柄が自分にとってどのように作用するのか、
データを取り、その生のデータを自分の生の経験として発表する。
発表することによって、誰かしらの役に立つ場合も出てくる。というもの…
その経験は、同じように悩んでいる方のある人にとっては、福音になる場合もあり…
また、すべての人にその経験が、同じ効果があるとも言えない場合もある…
体験した結果、自分としては効果が無かったとしても、
全ての人に効果が無いとも言えない。というところがミソで
そこのところが、その事柄と効果全ての人に関連付けることができ無いということ…
ゆえに、その事柄を否定するものではないということだ…
(例えば、ありがとうと10000回唱えると良いよという話も、実際にやってみて
効果が人それぞれ違うというもの…
ある人にとっては、本当にすごい効果がありましたという場合もあれば、
ある人にとっては、全く効果が無い場合もある
だから、その人の経験でしかないのです…
実際にそれをやってみるという経験から何も得られなかったとしても
それ以外で、得られるものが大きい、)
・自分が発信者になってみる…
自分が発信者になってみるで、小嶋先生からの提案は、
例えば、なんでも良いので講演会を一か月後に開いてみる。
…ということを企画している知り合いがいるから紹介しようかということでした。
どんな?講演会かというと遺言の残し方講演会をあなたが講師で
一か月後に講演会をやるから、場所を押さえてあげますよという企画屋さんが
いらっしゃるということ。
そんな、前向きな窮地に立たされれば、自分で何か考えて準備するでしょ
(直接的な経験を通してしか、他人に何も語れないから…)
(また、仮に何も経験せず準備不足で臨んだとしても、
準備不足だと講演会はどんな結果になるか…という経験となる…
どう?やってみない?遺言講演会…?と持ち掛けらたが…
とりあえず。今回は、お断りしました。)
その代わりと言っては何ですが…
<わたしのコミット>
・今回、私は、その日の経験を何かしらブログに残していきたいと思います。
・また最近、会社の職場で行っている掃き掃除も毎日続けることにしてみたいと思います
(休みの日は、どうするの?と、家内から聞かれましたが
休みの日は、愛車の洗車や掃除をすることにします)
それでは、皆さま、今日は、この辺で…
おやすみなさい
今日から、初めて、ブログを書き始めることにしました。
自分の経験をブログで発信することで、
自分らしく生きる方向、軸を作って行くのが一つの目的です。
(何という自分本位なブログなのでしょうw)
もう一つは、
わたしと同じような悩みをお持ちの方に
わたしの経験が少しでもお役に立てばと思い立ち
こうして、自分の経験や心情を発信することにしたのです。
もし、同じような悩みをお持ちの方が、わたしの記事を
お読みになって、参考になり、また、お役に立てれば幸いです。
<自己紹介>
わたしは、54才のサラリーマンで
3人の娘と妻の5人家族です。
一番上の娘は24歳で社会人、次女は、二十歳の大学3年生
3女は、高3の受験生です。
心情としては、どちらかというと、現代社会のシステムに対し
批判的な立場をとっている者ですが、
かといって
そこから、抜け出すこともできないでいることに、ある種のいらだちを感じている
ことも確かです。
現代社会システムというのは、政治や教育、医療システム、
また、会社システムに至るまでの
全てのシステムに対し批判的な意見をもっていながら、
いつかは、そこから抜け出して、自分の生きる道を探っていきたいと思っているのです。
今までは、何も行動を起こさず、ただ、自分の境遇や立場に文句を言ってきましたが
これからは、自分が発信者となり、
自分らしく生きる世の中造りを進めていきたいと思います。
<日記>
そのような中で、今回の発信のきっかけとなったのが、
昨日、CWでお世話になっている二宮の小嶋先生とのお話の中で頂いたヒントでした。
小嶋先生への相談内容は、以下の2つでした…
①どうしたら自分らしく生きられるのか
②座骨のプログラム障害(左座骨の揺らぎが無いため、3分以上座っていられない)
を自分で治せるようになるにはどうしたらよいのか
(実際には、治すのではなく生まれた時に自分で設定してきたプログムを組み替える
には、どうしたらよいのか)
今日は、①のどうしたら自分らしく生きられるか
ということについて、気づいた事柄について、記していこうと思います。
相談した結果、得られた結論は次の3つでした。
・先ず、やってみる
・そして、100日間続けてみる
・自分が発信者になってみる
というもの、
・先ず、やってみる
…は、聞いた話だけでは、自分の経験にならず。自分の経験として
語れないということ
(一人さんもある時、次のようなことを言っておられたと思います。
せっかく、教えてやってるのに、みんなやらねーんだよ。
みんな、その時は、そうだ、そうだっていうけど、結局やらねーんだよな~
小嶋先生も
自分の経験として、先ずやってみることが肝要で。
講習会に行って、いい話を聞いてその時は感動しても、それで終わっちゃうんですよね。
それでは、他人に何も語れませんよね~
逆に、やってみれば、自分の経験として何か語れますよね~というものだった)
・そして、100日間続けてみる
100日を目安として、続けることで、自分にとって効果があるか無いかの実体験ができる
また、経験する事で、効果のありなしに関わらず、別の何かが見えてくる場合がある。
(何か、真実に近いものが垣間見える場合があるかもしれませんよね~)
実際に続けることにより、その事柄が自分にとってどのように作用するのか、
データを取り、その生のデータを自分の生の経験として発表する。
発表することによって、誰かしらの役に立つ場合も出てくる。というもの…
その経験は、同じように悩んでいる方のある人にとっては、福音になる場合もあり…
また、すべての人にその経験が、同じ効果があるとも言えない場合もある…
体験した結果、自分としては効果が無かったとしても、
全ての人に効果が無いとも言えない。というところがミソで
そこのところが、その事柄と効果全ての人に関連付けることができ無いということ…
ゆえに、その事柄を否定するものではないということだ…
(例えば、ありがとうと10000回唱えると良いよという話も、実際にやってみて
効果が人それぞれ違うというもの…
ある人にとっては、本当にすごい効果がありましたという場合もあれば、
ある人にとっては、全く効果が無い場合もある
だから、その人の経験でしかないのです…
実際にそれをやってみるという経験から何も得られなかったとしても
それ以外で、得られるものが大きい、)
・自分が発信者になってみる…
自分が発信者になってみるで、小嶋先生からの提案は、
例えば、なんでも良いので講演会を一か月後に開いてみる。
…ということを企画している知り合いがいるから紹介しようかということでした。
どんな?講演会かというと遺言の残し方講演会をあなたが講師で
一か月後に講演会をやるから、場所を押さえてあげますよという企画屋さんが
いらっしゃるということ。
そんな、前向きな窮地に立たされれば、自分で何か考えて準備するでしょ
(直接的な経験を通してしか、他人に何も語れないから…)
(また、仮に何も経験せず準備不足で臨んだとしても、
準備不足だと講演会はどんな結果になるか…という経験となる…
どう?やってみない?遺言講演会…?と持ち掛けらたが…
とりあえず。今回は、お断りしました。)
その代わりと言っては何ですが…
<わたしのコミット>
・今回、私は、その日の経験を何かしらブログに残していきたいと思います。
・また最近、会社の職場で行っている掃き掃除も毎日続けることにしてみたいと思います
(休みの日は、どうするの?と、家内から聞かれましたが
休みの日は、愛車の洗車や掃除をすることにします)
それでは、皆さま、今日は、この辺で…
おやすみなさい