甲状腺にしこりができた場合の診断名についてのお話です。

 

 甲状腺にしこりができた患者さんから、「私の病名は何ですか?」と聞かれます。甲状腺のしこりの病名は、実はなかなか複雑です。甲状腺に腫瘍ができたのだから、とりあえず「甲状腺腫瘍」でいいのではないか、と思われる方もいるでしょう。でもそう単純な話ではありません。

 

 悪性のしこりについてはあまり悩む必要はありません。甲状腺がん、甲状腺乳頭がん、甲状腺濾胞がんなど、診断名はそれぞれはっきりしていて、迷うものはありません。

 

 難しいのは良性のしこりです。他院で診断された患者さんに話を聞いてみると、いろいろな病名が出てきます。甲状腺腫瘍、甲状腺腫、腺腫様甲状腺腫、結節性甲状腺腫、濾胞性腫瘍、濾胞腺腫などが多いのではないでしょうか。これらの病名の使い分けについて説明いたします。

 

 私はしこりができている患者さんについては、とりあえず「結節性甲状腺腫」という診断名にしています。「結節(しこり)ができるタイプの甲状腺の腫れ」という意味ですので、便利な診断名です。その中に、良性や悪性のものがあるということになります。

 

 では何で「甲状腺腫瘍」と言わないのか。別に悪いわけではないのですが、実は正確な表現ではありません。

 

 甲状腺にできるしこりの中では最も多く、良性の代表ともいうべき病気が腺腫様甲状腺腫です。この腺腫様甲状腺腫、実は「腫瘍」ではありません。病理学(顕微鏡レベルでの診断学)的には、「腫瘍のような病変」となります。良性のしこりでは腺腫様甲状腺腫が圧倒的に多いので、とりあえず「甲状腺腫瘍」と言うのは適切ではないのです。さらに、腺腫様甲状腺腫というのは、病理診断名です。つまり顕微鏡で見た上での診断ですから、超音波検査のみで腺腫様甲状腺腫という診断はできません。正確には「腺腫様甲状腺腫の疑い」となります。術後の病理診断によってのみ、「腺腫様甲状腺腫」が確定します。

 

 濾胞性腫瘍には良性と悪性が存在します。良性のものを「濾胞腺腫」、悪性のものを「濾胞癌」といい、これらは「腫瘍」に分類されます。病理診断による病名ですので、腺腫様甲状腺腫と同様に超音波検査だけでは診断できません。また、手術をしなければ、良性か悪性かの区別もできません。超音波診断では、「濾胞性腫瘍の疑い」までになります。

 

 良性のしこりは腺腫様甲状腺腫と濾胞腺腫の二つだけといってもいいでしょう(それ以外は極めてまれです)。私の場合ですが、しこりができたらとりあえず「結節性甲状腺腫」とし、超音波所見や細胞診を参考に、「腺腫様甲状腺腫の疑い」、「濾胞性腫瘍の疑い」というふうに説明しています。

 

 しかし、以上のように厳密な表現をしようとすると分かりにくくなってしまいます。より分かりやすく説明するために、腺腫様甲状腺腫のことを「甲状腺腫瘍です」と言ったり、病理診断がなくても「腺腫様甲状腺腫です」と言ってしまったりすることもあります。

 

 良性結節の病名について簡単に説明いたしました。参考にしていただければ幸いです。