このご時世、マスク着用はマナーだと思うのですが、それでも付けない人は付けない。

あくまでお願いだからこちらから付けてと強く言うことができない。

付けられない理由が有るなら教えてくれれば、納得もするんだけどそんなことは聞けないし。

言う側だって店員に言う義理はないし、なかなか難しい。

 

まあマスクが付けられないなら、対面しているときくらい口元を覆ってくれよとは思う。

ハンカチやチラシなどで覆うことはできるよね。

だいたい、被わない人に限って話が長かったり多かったりして嫌になる。

自分はつけなくても店員はつけろよ、なんて傲慢な。

以前、毎週来ていた年配の方はマスクやアルコールのお願いをしても頑なに対応してくれなかった人がいたけど、もう随分と姿をみていない。

大事をとって出かけていないのか、利用する店を変えたのかは分からないけど、私は来店されないことに安心しているんだけど。

ついでに嫌な人だったし。

 

クリーニング店で働いているので、どこへ着てどんな人と接したのか分からないものを扱うのでリスクもあるのに時給は安いまま。

うちは除菌グッズやマスクなどの支給もないから最悪なんだけど、とりあえずそこは置いといて。

マスクをしない人がきったない洋服を持ってきたので、確認するために(必要以上に)広げるときにバサバサしたら「埃がまうでしょ」と怒られてカチンときた。

埃のリスクはこっちも同じで分かっててやってるんだよ!

言いたい文句はたくさんあるんだけど、最低限のこともしてくれないのに何言ってるんだよ。

本当、なんだと思ってるんだろう。

災害で休業したら開けてくれないと困るとか、自分勝手。

自分のだし預かり証がなくてもできるでしょ、って何様。

預けるリスクって考えないのかな。

どうして自分のものが一点ものだと思えるのかな。

思いやりは大半の人が持ち合わせていないとしか思えない。

 

と、腹たったので愚痴りたくなったのでした。

 

 

 

 

 

なんだかな

 

生きるって難しい

もっと楽に生きたいのに

すごく難しい

 

死に伴う苦痛は怖いけど、死ぬことは怖くない

 

今は生きる理由があるけど

こんな私の

生きる意味や必要性はどこに在るんだろう

 

生きたくても生きれない人もいるのに

そんなのは贅沢だとか構えないよ

 

私の存在意義はどこにも無い

居ても居なくても、世界に支障はない

 

 

 

 

 

 

一日一本、とか。

一日一個、とか。

そう言う健康志向の+α的なものに弱い。

 

よく宅配とかでもあるけど、容量違いでスーパーで売っているのを見るとそちらのが安い。

となると、わざわざ宅配を選ばずとも良いのかな。

味変だって宅配注文よりもずっと楽ちん。

宅配でしか扱っていない商品ももちろんあるので、どう利用したら良いのか見極めるのが面倒。

 

結果、面倒なのである。

 

一日一個だとしても、そこにかかる手間を考えてしまう。

なにより手続きが好きじゃないし手間はかけたくないけど、一日一個の習慣は魅力的に思う。

自分は摂取するだけにも関わらず、習慣と手間を天秤にかけてしまうのはよくないとわかっているけど。

 

それから量も大事。

 

120mlはちょっと大きいし、100gmも多い。

ヤクルトくらいがちょうどいい。

 

ヤクルトと言えば小さい頃、田舎で祖母が用意してくれていた覚えがある。

遊びに行くと必ずヤクルトがあって、いつの間にか無くなってはしまったけど。

だからヤクルトはそう言う飲み物なのかと思ってた時期もあるけど、大人も飲むよね。

久しぶりに飲んだ時は懐かしさも込み上げて、たまに飲むのも良いなと思ったことを思い出した。

生理痛にも効いていた気がする、私の場合は。

偶然かもしれないけど、生理前に10日くらい一日一本飲んでたら軽いか無いかがほとんど。

たまに薬が必要な時もあるけど。

偶然かもしれないけど(2回目)それでも、そういう効果がありそうなのを身をもって実感できたのはありがたかった。

 

祖母様様でした。

と、ここまでヤクルトを信じているけど毎日の習慣にはなかなかならず、難しいな。