毒親⑪ | キャロのブログ

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基本、お昼ご飯だけで生きてます。笑笑
毎日ただ楽しく生きていきたい。

息子2人居ます。
塾も行かずゴリゴリの運動部で頑張りながら2人とも国公立大学へ入って
長男→地方公務員
次男→国家公務員しております。それが唯一わたしの自慢

日に日に弱る継母。


継母に学校の帰りに惣菜のおからを買って来るように頼まれて買って帰ると…

「いらない…食べたくない…」と。

頼んだ時は食べたいと思ったのでしょうが子供ながらに傷ついた記憶があります。


何もできないおばあちゃんのお世話を

おじいちゃんが一生懸命お世話していました。

オムツ交換だったり、お風呂に入れたり…


継母は何も出来ない状態でトイレ以外は

ほぼ寝たきりでした。

わたしが学校へ行ってる間の朝食や昼食はどうしていたのか分かりません。


多分、おじいちゃんが、ある物で何かしら作っていたのだろうとは思いますが学校へ行ってるわたしは何も考えていませんでした。

そんな時の夕ご飯も、どうしていたのが全く記憶にありません。


中学2年生の一学期最後の日

通信簿と成績表を手に家に帰った日の事です。


いつものように玄関の鍵を開けて家に入ったとき、鍵を開ける音を聞いて、おじいちゃんが玄関までやってきて「お母さん、救急車で病院に行ったぞ」って。

わたしには、どうする事もできず「うん」と返事しただけでした。


神奈川県に居る継母の長女が

小学生の娘と2歳の息子と1歳の息子と4人で帰省することになりました。


父と、継母の長女と順番で病院へ泊まる事にしたようです。いよいよ近いのだろうと子供だった私でもわかりました。


父が仕事の時は

義姉が病院へ泊まります。

その間、夏休みになった私が姪っ子甥っ子のお世話係です。

子供は好きだったので、いつもより賑やかだし

それなりに楽しく過ごしたのを覚えています。


着替えさせたり、オムツ替えたり、お風呂に入れたりご飯を作って食べさせたり…

おままごとのようでした。


ご飯と言っても、たいした物も作れず…笑笑


近所に住む継母のお姉さん(叔母)が居ましたが

特に何かしてくれる事もなく…

小さい姪っ子達と、てんやわんやして時も

ふらっと遊びに来て助けてくれるかと思いきや

私に「今日の晩御飯何?」って聞くのです。

缶詰のミート缶でスパゲティよって答えたら…

「うわー、そんなの私は食べれない…焼き肉でも食べに行こうかなー」って。

思わず、やったーと喜びそうになりましたが、そう言いながら、叔母は帰って行きました。

叔母ファミリーは焼き肉に行ったんでしょうね。


頭の中………………………


勝手に期待しちゃダメだと学びました💧


おじいちゃん、おばあちゃん

姪っ子たちとミートソーススパゲティを食べました。