遠慮なく何でも語り合える本物の信頼関係を築きあげたくて、特に親子関係において母親との不仲で随分長い事あれこれ悩んできました。

一体自分がどうあれば上手く解り合える事が出来るんだろう。。って。

 

最近になってようやくその答えが出ました。

 

親子関係のみならず、人間関係には必ず相対の立ち位置があります。どちらが上で、どちらが下なのか、又はイーブンか。各々の座と言い換える事も出来るでしょうか。兄弟の上下。会社の上司と部下。夫婦ならば主人に対して女房。嫁姑の関係もそうです。

 

どんな関係のどんな場面においても言えると思うんですが、とにかく上に立つ者が、下の者の想いを汲んであげる・受け止めてあげる事が出来ない(その気が無い)場合、いかに下の者が信頼関係を築き上げたかったとしても、それは絶対に叶わないんだという事がハッキリと判りました。

 

残念ながら、とにかく上に立つ者の器次第なんだなぁ、と。。

 

なので、親子関係においては、父親にしても母親にしても、子供側からちゃんと想いを伝え続けても一向に受け止めてくれる気配が無いと判った時。その時点ですっぱりと関係を切ってあげたら良いだけなんだ。切るに切れない想いがもし自分にあったとすれば、それはただ単に自分の自立の問題。

 

自立が出来ていれば簡単にあきらめる事が出来ますし、子である自分がスッパリ切ってあげる事こそが本当の意味での親孝行にも繋がります。見た目には最悪なんですが、本来の本当の自分、真の姿に立ち返れるようにとサポートしてくれる流れが自然の流れなので、その真を産み出す流れに沿う意味でもそれが一番ベスト。これは『親切』という漢字とも繋がります。

 

親が親として、真から我が子を愛するならば、その子の想いを受け止めてあげる事は本来は絶対に出来るもんです。子から縁切りされた親は悲しくなるもんです。もし悲しくないとしたら、そもそも最初から真の親子関係なんて無理な訳で。切られた悲しさと向き合えるかどうかは親の課題な訳ですが、逃げずにしっかり向き合えればやがて大切な事に気付けるでしょうし、逃げるなら逃げる選択であったとしても、それは親の人生であり、常に自分の人生というのは自分で選択して決めて生きて行くものなので、その辺は自由にやったら良いと思います。

 

そんな事からも、俺は自分の立ち位置と並ぶ者から以下の者に対しては、全て。例えどんな想いであったとしても、しっかりと受け止めて大切にしてあげられる人間であり続けたいと定まりました。

ここに来るまで長かったぁ~照れ