人にはそれぞれ長所と短所がありますが、両面存在している、それがまるごと個性であるように思います。

 

多くの学校教育では、短所を努力で克服し無くして行けるよう勧められる傾向にあるかなと思います。

周りに迷惑を掛けないように、と、少なくとも他と比べて平均値くらいにまでは持って行けるように、もっと、もっと、と努力を要求され続ける流れも多いのではないかなぁと。

先生によっては、何なら長所だらけの人間になる事を推奨する様な指導も?

 

幼い頃の大事な期間、6・3・3の12年間そんな傾向にある環境に身を置く人もまだまだ多いのではないかと思いますが、そんな中で、いわゆる真面目な人ほどそれに忠実に従おうとするでしょうし、無理してでも頑張り続けそうですよね。

 

子供って、どんな環境にでも順応していける力を持っているので、そういう環境下で育つと、苦手分野を努力で克服するという事だけが、一見非常に良い事の様に思い込むのも全く無理はないのかな、と思うんですが、

これってどうなのかな。。

 

仮に、長所だらけの人間しかいない世界が完成したとしましょう。

目的はそこにあったのですから、みんな揃ってようやくゴールに到達した状態ですね、

 

これって人間社会じゃなくてロボット社会じゃないでしょうかねぇ。。

 

個性もなにもあったもんじゃないし、短所・苦手分野がそのまま残ってなければ、人間関係において結構大切と思える部分の、

助け合い、支え合いの必要性が全く無くなってしまうではないですか。。

 

少なくとも俺はそんな社会、微塵も望まないし、そもそも気持ち悪いガーン

 

短所は自信を持って短所のままであれ!と強く願うのです。

誰でも得手不得手があるのが当たり前で、それでイイと思うのです。

 

長所の得意分野を伸ばす事については特に違和感はありません。

元々得意分野なのですから負担なく楽に大いに伸ばしていけると思うし、

 

長所を伸ばせた分、それが苦手な人のフォローに回ってあげられたらイイなと思うし、そんな事こそが、その人が自分の得意分野を思う存分発揮し活躍出来る場所ともなりますよね。その活躍場面提供の為にも、自分含め誰かの短所ってのは非常に大切だと思う訳です。

 

そのまま残しておいたっていいと思うのです。

 

少年よ!短所を抱け!照れ