先日の英語の授業の中で、
豪華客船『タイタニック』号の沈没の話題が出てきました。
その中で、
映画と史実の違いについての言及がありました。
映画では、ファーストクラスの男性乗客が数少ないボートに何とか乗ろうとします。
しかし実際は、“women and children first”(まず女性と子供を)のしきたりをファーストクラスあるいはセカンドクラスの男性たちによって守られたというものでした。
~~~当時アメリカで1番の金持ちだと考えられていたジョン=ジェイコブ=アスターは、奮闘してボートまでたどり着き、そこに自分の妻を乗せて、 その後自分が乗り込むことは拒んで、後ろへ下がって彼女に手を振り別れを告げた~~~
この話、彼が上流階級であることはさておき、
とても『美学』を感じ、感動しました。
この話に対する見解は人によって様々だと思います。
中には「自分だけ助かるのは嫌だ」と思う女性もいるでしょう。
「男性も女性も平等に考えるべき」と思う人もいるでしょう。
それも踏まえた上で、僕個人としては、
『まずは子供、それから女性、最後に男性』という考えに賛成です。
もちろん人間に優先順位はないと思います。
それでも、この『タイタニック』のような場面に遭遇したときには、
「誰から救出すべきか」を考えざるを得ません。
とても難しい問題ですが、
『まず子供から』という思いは多くの人が抱く感情でしょう。
おそらく、子供たちは『未来を担う存在』であり、
物事に対して抵抗力が弱いために『守られるべき存在』だからでしょう。
であれば、
多くの場合、体力に勝る男性が必然的に最後に残るべきだと思うのです。
(もちろん、必ずしも体力的に男性のほうが強いとは言えませんが…)
僕自身が男なので、自分自身そのぐらいの心構えでいたいと思うのです。
また、仮に(あり得ない話ですが)、この世が『女性だけ』になるか『男性だけ』になるなら、
おそらく女性だけになるだろうと思われるのです。
なぜかそう思われるのです。
女性だけの社会は想像できても、男性だけの社会は想像できません。
ってか、男性だけの社会は想像したくありません
(´~`;)ムサクルシ~ヨ…
…僕が男だからでしょうか(笑)
男性も女性も、生まれながらに、人間としての同じ権利や義務を持っています。
しかし、『男性にできて女性にできないこと』や『女性にできて男性にできないこと』は確かに存在します。
(その多くは『思い込み』かもしれませんが…)
そして生理的な違いも、その『思い込み』に含まれた違いも全て合わせて、
男の僕には、最終的に、
『女性にできて男性にできないこと』のほうがどうしても多く思われます。
やはり女性のほうが強いということなのか…(;・∀・)
単なる僕のないものねだりか…(;´∀`)