亀田興毅が地元でノンタイトル10回戦を行い、8ラウンド2分23秒、TKO勝利。
亀田興毅に対しては彼の言動に対して賛否両論がある。
以前も書いたことがあるが、僕は彼に対して素直に尊敬できる。
確かに、人によっては彼の言動を不快に感じるであろう。
それは理解できる。
ただ、僕個人として、アレだけ大きなことを言って自分を追い込み、そしてそれを実行し、達成する人物に好感を持たずにはいられないし、そういう人物に敬意を表する。
昨日の夜中に彼の凱旋試合前日ということで、彼の特集をしていた。
『KOできなかったら引退する』とまで言い切っていた。
今日の結果を見たら『TOK』。
誰でもできることではない。
その番組の中で、かなりハードなトレーニングの場面があった。
もちろん、カッコつけたりなんかしてられない。
むしろ無様にさえ見える程必死な姿。
彼はプロ。それが仕事だから当然である。
限界に達して、『きついわ~』と彼が倒れこんだとき、
彼は笑っていた。
そのとき僕はトミーズ雅さんの言葉を思い出した。
『こっちが必死になって、こんな顔(苦しそうな顔)してやってることを、隣で笑ってやってる奴がおるんやもん。そいつには絶対勝てへんと思うわ。』
これもトミーズ雅さんが言ってたことであるが、
ある世界チャンピオンが、『自分はチャンピオンになるために必要なことを勝手にやってしまう才能がたまたまあったんだ』といってたそうだ。
また、トミーズ雅さんは、
「『好きこそモノの上手なれ』はある意味あってるけど、好きなだけじゃ一番にはなれん。愛さな無理や。例えば好きな人のためにお弁当を作るために早起きするとき、早起きできるけどやっぱこんな顔(眠そうな、辛そうな顔)になる。でも愛する人のためやったら笑顔で早起きできる。この違いやねん。僕も[この仕事=人が笑う顔]が好きやけど、好きなだけじゃやっぱ松本(ダウンタウンの)にはなれん。」と言っていた。
つまり、努力(目標達成のためにすべきこと)を努力(しんどいこと、あるいはイヤなこと)と思わない人間が一番になれるということだ。
元競輪選手の松本整氏も『天才ではなく、努力する(ことに関しての)天才』と新聞に記載されていた。
僕は亀田興毅のトレーニング中のその笑顔を見て、何かこれらの言葉が一つに繋がったような気がした。
天才とは努力なしに、あるいは他の者より少ない努力で他の者を上回る結果を残す者のことを指すように思われがちだ。
ある意味それも正解であろう。
つまり、『努力なし』や『他の者より少ない努力』というのは、考えようによっては努力(目標達成のためにすべきこと)をしてる本人が『努力(しんどいこと)』と思うかどうかの問題だと言える。
僕は天才でなくとも、一番になれなくともかまわない。
ただ、目標に向かう際に、すぐに『もう無理だ』とか『しんどい』とか『面倒くさい』なんて言葉は言わずに来たし、これからもそうありたいと思う。
実際に、これまで達成できてきたことを振り返ると、いつも『できるさ!』と自分に言い聞かせてやってきたことばかりである。
また、どれほど『しんどい』ことも『妥協』に比べれば随分マシに思えたことばかりである。
『しんどいなぁ~』ばかりが先行する物事はロクな結果になっていない。
そう思うと、教室に入ってくるや否や『あぁ~しんどぉ~』と言ったり、すぐに『ムリ!』と言う塾生たちの顔を思い浮かべて不安になったりもする。
『しんどい』と思うなとは言わない。
ただ『しんどい』だけで終わらないことが重要だ。
『しんどいけど…』につなげていくこと。
それが僕の仕事の喜びの一つであり、TMゼミの存在意義の一つである。