
あまり聞いたことのない話だが、
男女が平等であるためには、貧富の格差をなくしておく必要があるだろう。
というのは、
2人の間に収入格差がある場合、
男高女低
女高男低
のどちらのケースでも
上下関係が生じてしまうからだ。
極端な男高女低の場合、女性が社会で働く意味が失われてしまう。これでは女性の社会進出はすすまないだろう。
(もちろん、逆の場合は男が働く意味が奪われるが、すでに男女が対称でない現状が出発点になる現状は単純でない。)
そうならないために、
男女互いに収入のつりあう相手を求めるとどうなるか。
その場合、
貧しい男女はますます貧しくなり、
富める男女はますます豊かになる。
男女の結びつきを通して貧富の格差はますます拡大する。
しかし、
それだと
結婚というチャンスが無意味になる。
貧しい女性にとって
富める男性を射止めることは貧困から脱する貴重なチャンスであり、このチャンスを見逃す筋合いはどこにもない。その場合当然、男高女低にならなければ意味がない。
そして
男高女低になれば女性が働く意味がやはり失われる。
貧しい男性にとってはどうか。
貧しい男性は現状では結婚自体が厳しくなるだろう。
この点で男女間に対称性がないのがそもそも平等でない現実を反映しているが、
結婚できない男性が大量に出現すると、少数の男性に多数の女性が集中することになる。
すると少数の男性をめぐって競争を強いられる女性たちと、選ばれし少数の男性との間に、選ばれる立場と選ぶ立場の均等でない力関係が生まれる。
結果として自然に男尊女卑になる。
貧しい女性が貧しい男性と結ばれた場合はどうなるか。
これは言うまでもない。
貧しい男性と結ばれた貧しい女性は男を恨み続ける。恨まなかったとしても貧困という苦悩と悲劇にかわりがない。
これこそが昔から続く伝統的な女の悲劇だ。
男のせいで貧困を強いられる女のという悲劇。
というわけでこれこそが最も古くからある女性の虐げられたら姿であり、それを何とかしなければというのがそもそもの話だった。
というわけで話は振り出しに戻るのがいつものことだ。
自分よりも貧しい男性と結ばれる女性はどうなるか。
言うまでもない。
貧しい男にはもちろんありがたい話だが、
愛は、収入の多い側に決定権がある。
収入の少ない側は選ばれるのを待つ側の立場になる。
その掟は
昔からは変わらず、
これからも変わらない。
結局
掛け声だけの
男女平等に終わるのか?
本気で平等社会を目指す気があるのか?
貧富の格差を放置したまま男女平等を実現した例があるなら見てみたい。
デートで男性が女性におごるのは、実態が平等でない証だ。
アメリカもタテマエほどには平等ではないらしいし。