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人間にも性は2つある。

性Aは
仕事を「誇り」と考える価値観をもつ。あるいは仕事を生き甲斐と考える。

性Bは
仕事を「義務」と考える価値観を持つ。あるいは仕事を苦役と考える。

性Aの価値観では、
仕事は
「したいもの。」
である。
性Aの世界では
誰もが仕事をしたがっている。仕事は奪い合って手に入れるものである。
この競争を避けようとするならば、仕事を公平に分け合うのが暗黙の了解になる。
だから
この世界では、
よく仕事する者は嫌われ、陰口を叩かれる。
あまり仕事しない者の方が好かれ、信頼さえされる。
他人の分まで仕事してしまうことは、他人の顔を潰すことになる。
仕事を遠慮することは美徳であったり気遣いであったりする。他人の顔をたてることも大切だからだ。
この世界の住人は、よく働く他人を目障りに思う。
「あいつはなぜあんなに働く?
どうせカネ目当てだろ?
ほめられたいだけだろ?
権力欲の権化だよ」
などなど文句を言う。

溜まっているゴミを捨ててあげて気を利かせたつもりになってはいけない。
「なんで勝手に捨てる?それは俺の仕事だ。俺の仕事盗るなよ。」
ゴミ捨てを仕事として獲得してしていた者がいた場合、そう言われる。

性Bの価値観では
仕事は
「したくない。」
ものである。
性Bの世界では
仕事はつらいけど義務感で我慢して引き受ける苦役である。
この世界では、誰もができるだけ仕事を減らしたいし、できれば他人に押し付けたい。
この競争を避けようとするならば、仕事を公平に分け合うのが暗黙の了解になる。
だから
この世界では、
よく仕事する者は感謝され信頼され、尊敬さえされる。
あまり仕事をしない者は軽蔑され、陰口を叩かれる。
他人の分まで仕事してしまうことは、他人への思いやりであり気遣いであるから
「よく気が利くね。」
と褒められる。
仕事を遠慮することは怠惰か鈍感とみなされる。だから
「気が利かないね。」
となじられる。
この世界の住人は、働かない他人がいると目障りに思う。
「あいつはなぜ働かない?」
と文句を言う。
溜まっているゴミを誰かが捨ててくれたら嬉しく思う。自分の仕事が減るからだ。
「私の仕事してくれてありがとう。」
となる。嫌みでも何でもない。素直に嬉しい。
逆に
相手の立場を気遣って仕事を残しておいたりすると後悔することになる。結果は散々に罵られるか、傷ついて泣きじゃくるかになる。

現実の人間界は、2つの性が混在している。
社会全体としてみれば、正反対の価値観をもつ2つの性が、互いに補完しあって見事に調和している。
しかし、当事者どうしの立場に立ってみると、2つの性は常に対立し、緊張関係にある。つまりいつも喧嘩していて、この喧嘩は決して終わらない運命らしい。
あたかも交感神経と副交感神経がそうであるように、この2つは常にバランスを保った緊張関係になければならず、
決して一方だけが勝利してはならないのである。

もちろん、お互い相手の価値観をある程度理解している。だから事を荒立てないために社交辞令としてある程度本音と逆のことを言える。
つまり、
「ありがとう」
という感謝の言葉は額面通りには受け取れない。
本音は逆で、怒っているかもしれない。

困るのは、学問や政治や報道のような公的見解が、どちらか一方だけをタテマエにし、もう一方を悪として排撃しようとするときである。
交感神経と副交感神経の一方のみを活発にし、もう一方を停止させてしまったらどうなるか?
身体はバランスを失って死んでしまう。