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こうも暑い日が続くと、
せめて暑さだけでもなんとかならないものかと思ってしまう。

太陽光で発電を!

なんてそんな虫のいいこと言うつもりはない。
せめて暑さだけでも吸い取ってくれないものか・・・。

毎年都会の焼けるような日射を浴びるたびに
つくづく思うのは、
なんで

猛暑と太陽光発電

を結びつけて考える人々がいないのだろうか?
ということだ。

そういう短絡的な発想は、訳知り顔のなんちゃって教養人にすぐに叩き潰されるから、みんな遠慮して黙っているのか?


地球温暖化の原因は温室効果ガスの増加である。

それはそうだが、
それはここ100年くらいの急激な温暖化の原因という話である。

そもそも
温室効果ガスがエネルギーを発生しているわけではない。

温室効果ガスは、宇宙空間に排出されるはずのエネルギーを地球に引き留めてしまうというだけである。
だからよく毛布にたとえられている。
もとより「温室」という言葉がそうだ。温室そのものを燃やして暖をとるわけではない。

エネルギー源はあくまでも

太陽

である。

太陽で発生したエネルギーが真空の宇宙空間を旅して地球にやってくる。そのエネルギーが地球を暖める。
太陽までの距離は月までの距離の400倍もある。その月までもアポロ宇宙船で3日かかった。世界一周旅行を九回行う距離だ。太陽までだと地球を3600周する距離になる。

そんな遠いところで発生したエネルギーが地球を暖めるエネルギー源なのだ。
しかも宇宙空間は真空である。

真空中をどうやって熱が伝わるのか
というと、
それが
「放射エネルギー」
というやつだ。
この
「放射エネルギー」
というのが
「光」
のことだ。

正確には電磁波だが、
太陽放射の最大エネルギー波長が可視光域にあるので、電磁波のことを(赤外線や紫外線を含めて)「光」と呼ぶことにする。

太陽エネルギーは最初は中心部の核融合で発生する。
それから紆余曲折を経て太陽表面では熱になっている。
そこで今度はその熱が

「光」

に変わる。
そして宇宙空間に放出される。
光だから真空中の方がかえってよく伝わる。
しかも遠方まで。

放射エネルギー(熱)とは、
「光」の形で運搬されるエネルギー(熱)
のことである。

で、つまり
地球が太陽から受け取るエネルギーはほぼすべて「光」
である。

もちろんそれが真夏の猛暑のエネルギー源だ。

だが光そのものは熱くない。白熱電球は触れると熱いが、あれは光だけでなく大量の熱をも発生させてしまっているからだ。
光そのものが暑くないことは、白熱電球とLED照明を触れ比べてみればわかる。電気の大半を熱に変えてしまう白熱電球と異なり、電気の大半を光に変えるLED照明はさほど熱くない。それゆえLED照明はエネルギー効率のよい照明として優れているというわけだ。
白熱電球も電気を光に変えているが、それ以上に熱をもっと発生させている。電気の大半を目的外の熱にしてしまっているのだ。なぜそんな明らかに出来損ないの照明器具が正々堂々と市場に出回っているのかと言いたくなるが、LED照明よりも白熱電球の方が古い発明品なのだ。人類最初の電気照明であると言えば許せる気になる。白熱電球は実はエジソンの発明品だ。そう言えば文句はなかろう。当時としては文句なしの最先端技術だ。
白熱電球は熱放射を利用している。熱を光に変えている。だから熱くてもしかたがない。
電気エネルギーを熱エネルギーに変え、さらにその熱エネルギーの一部が光エネルギーに変わる。その性質を利用している。
しかし技術の進歩が熱の発生を不要にした。LED照明は電気エネルギーを直接光エネルギーに変え、無駄な熱を出さないようになっている。

というわけで
エネルギーは形を変える。

太陽から地球に到着した光エネルギーは何もしなければそのほとんどが熱エネルギーに変わってしまう。
わずかに大気中や地表の物質の化学変化に使われる。
植物も光合成に使うが、光合成によるエネルギー吸収はさほど多くない。森の中が涼しいのは光合成によるエネルギー吸収ではなく、葉からの蒸散による潜熱の効果と説明されている。

猛暑の炎天下でいつも思うことは、
この光エネルギーを熱エネルギー以外のものに変えてしまえないか
ということだ。
「エネルギー保存則」
より、エネルギーそのものを消すことはできない。それはわかっている。
できるとしたら、
光エネルギーが熱になる前に、熱以外のエネルギーに変えてしまうことである。

そんな夢の装置あるかと考えてみると、今のところ知られている装置としては、
光エネルギーを電気エネルギーに変える太陽電池
がある。

とはいえ
電気はとりあえず要らない。
さしあたって熱だけでも吸い取ってくれればそれだけでも充分ありがたい(もちろん厳密には熱になる前に電気にしてしまうということだが)。
電気は世間を納得させるための口実、予算を出させるための口実だ。
現在の太陽電池はまだまだ効率が低い。しかし日進月歩で向上している。というか、熱心に開発機運を高めたらいい。技術の革新で少しでも熱を吸い取ってほしい。
そのためには多くの人がそう願えばいい。その願いが研究開発を励まし、後押しする。
もちろん、原発を願ってしまえば原発を後押ししてしまうだろうが。

しかし
できた電気の使い道を考えろというならば、それはやはり冷房に使うべきだ。とにかくこの暑さから救われたいのだ。
つまり発電したその場所で使いたい。なぜならそこが涼しくしたい場所だからだ。
地産地消だ。
発電した電気を電力会社なんかに売らなくていい。そこが暑いから熱を電気に変えたいのだ。当然できた電気はそこを冷やすのに使う。しかも日射が強烈なときほど電気がたくさん得られるのだ。

田舎の農地
のことではない。
発電のためとはいえ
食糧を生産する農地
を犠牲にすることもない。

都会は
無駄に太陽光を熱に変えてしまうコンクリートやアスファルトで満ちている。それらが猛暑やゲリラ豪雨の原因になっていると言われ続けて久しい。
打ち水も良いけれど、その水は蒸発して上空で凝結するときに再び熱を放出する。
その熱を電気に変えられるならそれもいい。
道路をアーケードや屋根で覆うことくらい大した技術ではないだろう。実際にそういう部分があちこちにある。
雪国育ちの人間からすれば商店街にアーケードは当たり前。
暴力的な日射にも、豪雨にも、紫外線にも無防備丸裸の銀座の街並みなど非常識極まりない。
あんなの街とは言わない。よくもあんな危険な道を歩く気になるものだと思う。
美観というけれど、どんな分野の専門家も自分の専門分野を宣伝するものだ。地球温暖化が死活問題になっている今、銀座の街並みのファッション性がそんなにも優先事項だろか?
道路を商店街ごと覆ってしまえばいい。そうすれば、冷房効果もあがるだろうし、冬季は保温効果があるだろう。

試験的に宣伝でつけている太陽電池パネルは現在でもいくらでもみかけるが、はっきり言って小さすぎる。
あんな小さいのじゃ、そりゃあ雀の涙ほどの電力しか賄えないでしょうよ。だから太陽光発電はバカにされる。東京の広い道路を屋根で覆ってびっしりと太陽電池パネルで覆ったらいい。

だが実は、
熱の吸収も口実だ。
当面はまだ太陽電池パネルの効率にさほど期待していない。それはこれからの話。
とりあえず、

日陰がほしい。

道路に屋根をつけてくれ。日陰を作ってくれ。まずはそれでいい。
ただ、屋根を作る予算と口実が要るというなら、太陽光発電ということにしておけばいい。
屋根なしの駐車場は無駄に太陽光が自動車の劣化を早める。
屋根なしの競技場は選手も観客もつらい。ドームで覆えば多少は冷房もきくだろし。

二酸化炭素は確かに問題だ。しかしその前に
無駄な廃熱を出すこと自体はどうなのか?
気体の水に対する溶解度は温度が高いほど少なくなる。固体の溶質と逆なのだ。
海水の温度が上がれば溶けていた二酸化炭素が大気中に放出される。それが新たな温室効果ガスになって地球の気温を引き上げる。
CO2排出→温暖化→CO2排出→温暖化→の悪循環。
氷河、氷床の縮小も同様に正のフィードバックとして温暖化を加速する。氷が太陽光を反射することによって宇宙に逃がすはずの熱を減らしてしまうからだ。短くいうと「地球の反射率低下」である。
温暖化→反射率低下→温暖化→反射率低下→温暖化→・・・の悪循環。

二酸化炭素の排出を制限し回収する。もちろんそれは名案だが、
無駄な廃熱を制限し、熱を回収するのも、この図式では車の両輪のように対称である。
熱を使って発光する白熱電球が今ではほとんどLED照明に交代したように、
熱を使って発電する方式が熱を使わずに発電する方式に主役の座を譲り渡してゆくのが科学技術の自然な流れとなることを願う。
もちろん正確な意味では熱の回収は原理的に不可能である。
ここで「熱の回収」とは、
あるエネルギーが熱になる前に、別のエネルギー形態に変えることである。
光が熱に変わる前に電気にしてしまう太陽光発電はさしあたってその一つの例にはなっている。
それを願う声が高まれば開発は速く進むだろう。
それを願う声が高まらなければ開発は進まないだろう。