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地震と文明7-破壊現象

ここまでは、
地震と文明とは直接の因果関係はないという立場で考察してきました。

地震と文明の間に関係があるのではなく、
山と文明の間に関係があるのであり、
造山帯が地震と関係しているために
結果として地震の分布と文明とが重なって見えるのだ
という前提ですべて説明してきました。

この記事では直接の関係を考察してみたいと思います。

しかし、
地震の試練が人間精神を鍛える
という類の精神論は依然として排除することにします。

もっと客観的なのは、
地震による

破壊

そのものです。

地震は文明の様々な成果を破壊します。

このことは誰の目にも疑いようがありません。
これ自体は文明にマイナスの影響力しかありません。

もしも「破壊」にプラスの側面があるとすれば何を考えればよいでしょう?

「腐敗した政権を破壊する」

と言えば的を射ているように思われますが、
地震は自然現象なので、その政権が清潔か、腐敗しているかなどとは無関係に襲いかかります。

地震は
善人にも、悪人にも
同じように
襲いかかります。

しかし、
善人の政権であっても長期化すれば社会システムが時代に合わなくなってきます。

あまり、政治的に偏らない中立的な表現をするなら、

頻繁(といっても100年以上の間隔で)に地震によって破壊される都市は、その都度、都市計画をやり直すチャンスが与えられる。

と言えばいいでしょうか。

都市が計画された当初の予想を上回って国が発展してしまったような場合に矛盾が生まれます。
まだ自動車なんかなかった時分に計画された都市は、自動車の時代になって道路事情が合わなくなります。部分的な道路の拡幅工事や新道の建設を少しずつ進めると、トラブルが絶えません。既得権者の利害も大切だからです。

東京も名古屋も、戦災や震災後の都市計画で、復興以上の発展を遂げました。
災害を単なる不幸とするのではなく、新たな発展への出発として前向きにとらえることも一つの考え方です。

都市機能や制度が時代に合わなくなったとき
地震が起きない場合にも遷都が行われて都市が放棄されたり、
革命が起こって社会制度が作り替えられます。

地震帯にあって、数百年~千年くらいの期間にわたる古代文明(インダス文明、マヤ文明)なら、どこかで大震災に遭う可能性は非常に高いはずです。東京の場合でもわずか400年の間に、1703年元禄地震、1855年安政江戸地震、1923年関東地震と、壊滅的な地震に繰り返し見舞われてきました。


地震以外の破壊活動が文明に何をもたらすのか考えてみるとどうなるでしょう。

人間自身による文明の破壊行為と言えば

戦争と革命です。

社会制度が時代に適さなくなり、制度の改革が必要になったとき、旧制度に既得権をもつ人たちの抵抗に遭って改革が進まないというのはよくある話です。
専制君主が治める国の場合、君主が既得権層に味方してしまうか、君主が改革に目覚めた場合でも既得権層の攻撃や圧力に晒されて君主が既得権層にコントロールされてしまう場合があります。表向き民主的な議論の行われる国の場合でも既得権層の発言力が強かったり、既得権を行使して国民を脅迫したり、改革を骨抜きにしたりと、既に権限を持っている人たちには抵抗の手段はいろいろあります。制度を部分的に改革しようと試みてもあちこちに抵抗拠点や障害があってなかなかうまくゆかないものです。

革命はそれらを一度にリセットしてしまって一から全部つくりかえる動きです。

また第一次世界大戦を機に起きたトルコ革命やロシア革命のように、戦争とともに起こる革命もあります。

地震が都市を破壊した場合、
人間は、新たな創造に向かうしかありません。
既得権者たちも破壊者が自然現象ということなら、面子も失いようがありません。
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