
寒いときに風邪をひくのでしょうか?
それとも
寒くなるときに風邪をひくのでしょうか?
どちらだと思いますか?
真冬に気温0℃の日が何日も続いたからといって毎日風邪をひき続けるわけではありません。
しかし
気温20℃の日が続いた後に急に気温10℃になると体調を崩します。
かといって
やっぱり夏よりも冬の方が風邪が多いような気がします。
これは
どの教科の内容でしょう?
実は、
「風邪」の方はどうでもいいのです。
「寒い」ことと
「寒くなる」ことと
この2つが
全く別のことである
ということに気付き、
きちんと区別して考えることが大切です。
このような関係は他にもあります。
一年で最も日が長く太陽高度も高いのは6月下旬夏至の日、
なのに一番暑いのは7月下旬から8月初め。さらに海では最も海水温が高いのは9月です。
一年で最も日が短く太陽高度も低いのは12月下旬冬至の日、
なのに一番寒いのは1月下旬から2月初め。海では3月が水温最低。オホーツク海の流氷も2月から3月がピークです。
疑問に思ったことありませんか?
暑い(寒い)ことと
暑く(寒く)なってゆくこと
この2つは違うのです。
そして
太陽は地球を温めます。
日射が関係するのは
前者ではなく後者、
すなわち暑くなってゆく「変化」の方なのです。
(なおこの問題の場合、地球の冷え方の方にも独特の法則があるので、若干複雑です。)
似たことは昼夜の温度変化についても言えます。一番暖かくなるのは正午ではなく、午後二時頃ですから。
人生の問題であれば、
すでに成功したおっさんと、
いま頑張っている若者と、
どちらを結婚相手に選ぶか?
というような問題があります。
私は女性ではないので、この問題の結論は言いません。
大切なことは、
お金がたくさんあることと、
お金が増え続けていること
とを混同せずにきちんと区別して考えられるかです。
その人の生き様が、
生き生きと輝いているのは、
お金があるときではなく、
お金が増え続けているときだと思います。
ですがこの判定は男を見る女性にお任せします。
男を金づると考えて結婚する女性にとっては、
将来の成功よりも、
今すでにお金持ちであることの方が大切かもしれません。
(どちらの男性を選択するかをテーマにしたドラマをみたことありますけど)
いずれにせよ、
お金がたくさんあることと、
お金が増えつつあることとを
全く別のこととして区別できないと、人生設計をかなり間違える可能性があります。
資産家と高給取りは厳密には違います。ただし高給取りでも浪費癖があればお金は増えません。
より純粋にお金の問題として考えるなら、
前者は「貯蓄」の問題
後者は「収支」の問題
となります。
実は、こういったことはなかなか気がつきにくいことなのです。
人によってはこの違いに気がつくのに一生かけるかもしれません。
何度も何度も間違え、
失敗を繰り返しながら、一生かけてようやく気がつくような種類の概念です。
だから
物理では、
「速い」こと
と
「速くなる」こと
とが全く別のものであることを最初に学びますが、
前者には「速度」
後者には「加速度」
と別の名前を付けることによってはっきり区別してしまいます。
これが物理の勉強のスタートになるのですが、その後もずっと、この2つを別のものとして考える習慣をつけないと物理の勉強は先に進めないのです。
この違いは
力との関係に現れます。
「加速度」と力の間には
物体の加速度が大きいほど大きな力が働いている
という密接な関係があります(運動の法則)
しかし
「速度」の方は力と直接の関係はありません。(空気の抵抗力など特殊な力のみ関係している)
さらに
数学では、この関係を扱う分野が確立しています。
これらの関係を処理するのは微分と積分の問題になります。
時間ごとの気温のグラフを時間で微分すると
時間ごとの気温変化の激しさを表すグラフになります。
(逆は積分)
時間ごとの速度を表したグラフを微分すると
時間ごとの加速度を表すグラフになります。
(逆は積分)
毎日の貯蓄高のグラフを時間(単位は日)で微分すれば
毎日の収支を表すグラフになります。
(逆は積分)
しかし数学で微積分を学ぶとき、そんな意味付けは意識しないはずです。
そういう具体的な意味をいかに排除してゆくかが数学だからです。
そして、そういう意識を持っていなくても、問題を解くことに支障はありません。
関係をいったんグラフにかいてしまうと、単なる図形の問題になってしまうからです。
そうしたら
縦軸が、気温なのか、お金なのか、速度なのか、電流なのか、
横軸が時間なのか、位置なのか、電圧なのか・・・、
そういうことはどうでもよくなって、
線の傾きや図形の面積を考えるだけの問題になってしまいます。
数学ではそういう風に具体的なことをできるだけ排除して、いかに形式的に扱うかを考えます。
余計なことを考えない方が
速く、間違いなく解けるのです。
そして、
横軸が必ずしも時間でなくても良いのなら
高さと険しさの関係もこの関係になります。高さと険しさの違いも子供のうちなかなか区別できない概念のひとつです。もちろん大人でも、とくにその必要のない生活をしている人は区別しないでしょう。
ところで
この関係は
自然界でも、人生でも、あらゆる場面で出くわします。
微積分という
あまり日常では使わない言葉を避けるとすれば、
結果と変化の違い
というのが近いと思います。
結果と過程も似ています。
結果が大切か
過程が大切か
は
古今東西雑談の人気テーマです。
さらに人間的にいえば
成果と努力の関係ともいえます。
成果を微分したものが努力
努力を積分したものが成果
日々の努力が一日一日の気温変化を与えるもの、すなわち太陽光線のようなものだからです。
この概念は、
勉強でも、仕事でも
何かを成し遂げたいときの努力のさじ加減を調整するとき重要です。
子供のうちは、よく、
せっかく努力してもすぐに成果が出ないと、
落ち込んでしまったり、癇癪を起こしてしまったりしがちですが、
最も暑い日が、夏至の日よりも1ヶ月以上遅れることを思い出せば、
努力が成果を結ぶまで
若干時間がかかることが必然であることがわかるはずなのです。
山中教授はノーベル賞を受賞しました。でもその研究をしていたときすなわち努力していたのは、ずっと過去のことです。山中教授はいい方です。二十年も三十年も経過してから過去の努力が認められる人もいますから。
そして恐ろしいことに
努力を怠って怠けるときも同じなのです。
多少怠けても、すぐにはその弊害がでません。
それが恐ろしいのです。
多少怠けても、遊び呆けても、それまで努力家で人間的貯金がたくさんある者ほどなかなか弊害が現れません。
だから・・・
あれ?
怠けても
何も問題ないじゃん!
なんて思い、いい気になって怠けたり遊びすぎたりしていると、
その弊害は何年も経ってからじわじわと出てきます。そのことに気付いたときが大変です。気付いて立て直そうにも、その何年分もの大量のマイナスがどんどん大きくなってその後何年も自分を苦しめることになるからです。
これは必ずしもお金のことではありません。技能や能力や体力や人徳や人脈や人間関係などすべてについて言えます。
あっ!
いえ
何でもありません(^^;)
これで、
仕事の担当が交替した場合など悲喜劇がおきます。前任者が優秀だと、その努力の成果が自分の頃になって現れます。
本当は前任者の努力の結晶なのに自分の実績になります。
逆に前任者がひどかった場合もその弊害は自分の時に現れます。仕事がうまくゆかないのは明らかに前任者のせいなのですが、その責任をとらされ、批判の矢面に立たされます。そこで「前の奴が悪い」なんて言っても始まりませんから、ただ平謝りして地道に前任者の杜撰な仕事の尻拭いをするだけです。
二大政党制で振り子のように短期間に政権交代が繰り返される場合は注意が必要です。
今の政権の成功は前政権の努力の結晶で、
今の政権の失敗は前政権の失策が原因かもしれません。
人生の例を挙げたので
次は再び科学の例です。
電磁誘導
というのがあります。
電流と磁場には関係があるらしい。
というので、
コイルの中に磁石を突っ込んでみたところ、電流が流れない。
ナーンだ流れないじゃんか!
って
あきらめて片付けようとして、磁石をコイルから抜くと、アレ?
いま一瞬針動いたような?
で再び磁石を中に入れてから検流計を見てみると、やっぱり針は振れてない。気のせいだったかなと思って磁石を抜くと、やはりそのとき動いたような
もしかして・・・
電流は
磁場がある時に流れるのではなく、
磁場が増えたり減ったりするときに流れるんじゃないの?
って思って、今度は磁石をコイルに入れてからじゃなくて、入れる瞬間に検流計を見てみると・・・、
なるほどそういうことだったか。
そうです。
磁石の磁場そのものは電流を発生させません。
それを変化させたときに電流が生み出されるのです。
これもよく誤解される原理です。
しかしこれが発電機の原理なのです。
磁石を動かさないと(磁場を変化させないと)電流は生じません。対偶を言うと、電流を生じさせるには磁石(コイルの方でもよい)を動かせばいいのです。その動力源は水車でも、火力でも、原子力でもO.K.
瞬間最高視聴率
というのがあります。
微積分で分析する
「極大」
というやつですね。
視聴率最高の瞬間はさぞかし名シーンかと思っていると、必ずしもそうでないことがあります。日射と気温の関係と同じだと考えれば当然ですが、名シーンは、視聴率最高の瞬間ではなく、視聴率の増加のときです。
なぜならそのときみなテレビに釘付けになって決してチャンネルを変えたりスイッチを切ったりできない時間だからです。
一方、偶然その番組にチャンネルを合わせた人や、たまたまテレビをつけたらその番組だった人は、そのままその番組に釘付けになります。
このとき
今まで見ていた人の中で見るのをやめる人はほとんどいませんが、その上新たに見始める人たちは存在し続けます。
だから視聴者は増える一方となります。だから視聴率最高は名シーンの終わりかそれ以降になります。
夏至の日よりも遅れて暑くなるのと同様、名シーンよりも遅れて視聴率最高のピークが訪れることが予想できます。
そもそも視聴率最高の瞬間とは、それまで増加し続けていた視聴率が減少に転じる瞬間です。それまでシーンに釘付けになっていた視聴者が、スイッチを切ったりチャンネルを変えたりし始める瞬間なのですから、内容的にはつまらなくなり始めた瞬間と考える方が自然です。
もしも視聴率最高の瞬間と名シーンとが一致していたなら、むしろ何か調整されているか操作されている可能性があります。あるいはそのシーンは本当はそんなに面白くないのかも知れません。
日本が生き生きとして、本当に豊かだったのはいつでしょうか。
2012年の現在と、
高度経済成長期の1970年頃と
社会に活気があって生き生きとしているのはどちらでしょう?
40年後の現在の方が、ものもお金もたくさんあって、電車も速いし道路も完備し、電気製品はさらに優秀になって情報環境も整っています。でも昔を懐かしんだり評価する声は強いです。
奇妙なことを一つ。
私の父は、当時一家でただひとりの働き手でした。男一人の稼ぎで専業主婦と三人の子供、合計4人を養っていました。
いま、夫婦共働きでやっと子供ひとりを養う時代です。
どちらが豊かなのでしょうか?
経済に詳しい人にいわせると、いろいろ細かい言い訳があって、現在の方が豊かということになるのですが、
なにか、どこかにからくりがあって騙されているような気がしなくもありません。
人間も生物です。
その観点でみれば、
次世代を育てるコストが増大しているという環境変化は、
私たちが生存の危機に瀕しているとみなさなければならないはず。
