(前記事から続く)
なんだか
こう書いてゆくと、
結局は、普通の教科書的な説明にだんだんなっていってしまいます。
もう一度、前記事の趣旨に戻りますと、
「放射線」
を最も簡単に理解できる説明
でした。
そうです。
いま国政選挙の期間中です。
そして原発は争点の一つです。
「高エネルギーの素粒子またはその複合体の流れ」
という説明は正しいのですが、この正しい理解を、候補者の主張と自分の望みとを突き合わせる判断にどう使ったらいいだろう?
あの事故の直後に何人かの専門家が訴えていたことは、
「正しく恐れる」
でした。
このような理解を、正しく恐れるために役立てるとしたらどう使えばよいのでしょうか。
私の主張は、
「放射線」
についてのイメージを
早く正しく持つための入り口は
「紫外線」
ではなかろうかということです。
紫外線は
危険な電離放射線と
安全な非電離放射線の
境界に位置しています。
そして
日常的に慣れ親しんでいる言葉のなかで最も放射線に近い存在です。
日ごろ慣れ親しんでいる、こちらの世界(日常生活)と、
見たことも聞いたこともない、あちらの世界(放射線)、
この二つを橋渡しするキーワードが
「紫外線」
こちらの世界からあちらの世界に渡るかけ橋が
「紫外線」
だと思うのです。
なんだか三途の川にかかる橋みたいな言い方になってしまいました。
「何か怖いもの来るから気を付けろ!」
っていきなり警告されても
それがどんなもので、
何がどう怖いのかわからなければ
気を付けようもありません。
それで、為すすべもなく何もしないか、パニックに陥って騒ぎ立てるだけか、なんだか知らない恐怖から救ってくださいと神様に祈るくらいしかできません。
「正しく恐れる」
からは程遠い結果になります。
世の中にはいろいろ怖いものがあります。未経験の怖いものにつき合わなければならなくなったとき、すでに知っているものの中で何がそれに近いものかという情報は大変ありがたい情報です。
その
何かわからない怖いものは、
大きくて重いもので私たちを押しつぶしてゆくようなものかもしれないし、毒ガスのように空気中に拡散して広まってゆくものなのかもしれないし、痛いものなのか、息苦しいものなのか、少しずつ体力を奪われてゆくようなものなのか、気がつかないうちに意識を失って命を奪われてしまうようなものなのか。私たちの生存環境を破壊して生きられなくしてしまうようなものなのか。見えるのか見えないのか。感じるのか感じないのか。攻めてくるのか関わらなければ問題ないものなのか。大きさがあるものなのか?色があるものなのか?重さがあるものなのか?熱いものか冷たいものか?不快感のあるものなのか。逃げでも追ってくるようなものなのか。
これらの際限のない疑問と不安は
「紫外線に似たもの」
の一言でかなり片付きます。
たとえば、
それが量に関係するものなのかどうかという問題があります。
微量なら問題ないもの
と
微量でも危険なもの
とがあります。
ウイルスや細菌などの場合だと、微量でも危険な場合があります。なぜならそれらは微量でも自ら増殖する事ができるからです。
紫外線は自ら増殖しません。少なくともウイルスや細菌に対するような恐れ方はしなくてよいことがわかります。
大きいものでも重たいものでもなく、熱いものでも冷たいものでもなく、紫外線から身を守るために日差しを避けたり、水銀灯のような紫外線源をわざわざ見つめたりしないようにわざわざ近づかない、またオゾン層が太陽からの紫外線を遮ってくれるように何かの物質で遮ることが考えるべき防御になるような種類の存在であるとか
そういったイメージにかなり狭められます。
毒ガスのように拡散するのではなく、光のように放射されるものであり、線源から遠ざかれば距離の二乗に反比例して急速に弱まるものであるようなこともわかります。飲んだり触れたりできるものではなく、光のように浴びるもので、かと言って紫外線は浴びても暑いと感じるわけではなく、人間の目に見えませんから浴びているのかどうかわかりません。殺菌灯は明るくありませんが、見えない紫外線が確実に細菌を殺しています。暗いながらも見えている明かりは紫外線ではなく紫外線に近い可視光線です。紫外線は人間にはその存在がわかりませんし見えませんが、日焼けのような現象が起こることから、その存在を感じさせずに作用するものだとわかります。遺伝子を破壊して発ガン性があります。放射線はこの働きが紫外線よりも桁違い(紫外線とエックス線で粒子のエネルギーが最大40万倍くらい違う)に強いものです。紫外線による日焼けは身体にあらかじめ備わった紫外線に対する防御機構だがエックス線に対しては通用しない。殺菌灯は紫外線ですが、放射線も殺菌に使われますから、そっくりなものであることがわかります。などなど・・・
放射線の怖さは
紫外線の怖さを何万倍かあるいはそれ以上にしたもの・・・
それで
悪魔か妖怪をみるかのように恐れるのではなくて、どのような種類の怖さなのかを理解して恐れることができるようになります。
それはノロウイルスやインフルエンザウイルスのような種類の怖さではなく、
サリンや毒ガスのような種類の怖さでもなく
ヤクザや暴力団のような種類の怖さでもなく、
落石や突風のような種類の怖さでもなく、
雷や雹のような種類の恐さでもなく、
紫外線のような種類の怖さです。
ただしその危険度は紫外線と桁違いで、紫外線が自然界にもともと存在するため、身体が防御機構を備えているのに対し、放射線にはほとんどそれがない。
など紫外線と比較してその違いに注意することが放射線を理解する近道だと思うのです。
ここで念のため教科書的説明もしておきます。
①放射線とは
素粒子またはその複合体の流れです。
②具体的には
電磁波(光子の流れ)
ベータ線(電子の流れ)
アルファ線(ヘリウム原子核の流れ)
中性子線(中性子の流れ)
などがあります。
③電磁波には、
ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波がありますが、ガンマ線とエックス線以外は危険な電離作用が小さいか、無いので通常は放射線に含めません。
④素粒子とは
モノやコトや力や空間や存在の根源で、原子や原子核や素粒子自体を破壊したときにはじめて存在がわかる破片であったり、電気力や磁力や重力などの力を生じさせたり、質量やエネルギーを運んだり変換したりする最小単位だったりする、自然界の根源になっている粒子のことです。
ただしここまでは
「放射線」
の説明です。
正しく恐れるためにはこのほかに、
「放射能」
も理解する必要があります。
なんだか
こう書いてゆくと、
結局は、普通の教科書的な説明にだんだんなっていってしまいます。
もう一度、前記事の趣旨に戻りますと、
「放射線」
を最も簡単に理解できる説明
でした。
そうです。
いま国政選挙の期間中です。
そして原発は争点の一つです。
「高エネルギーの素粒子またはその複合体の流れ」
という説明は正しいのですが、この正しい理解を、候補者の主張と自分の望みとを突き合わせる判断にどう使ったらいいだろう?
あの事故の直後に何人かの専門家が訴えていたことは、
「正しく恐れる」
でした。
このような理解を、正しく恐れるために役立てるとしたらどう使えばよいのでしょうか。
私の主張は、
「放射線」
についてのイメージを
早く正しく持つための入り口は
「紫外線」
ではなかろうかということです。
紫外線は
危険な電離放射線と
安全な非電離放射線の
境界に位置しています。
そして
日常的に慣れ親しんでいる言葉のなかで最も放射線に近い存在です。
日ごろ慣れ親しんでいる、こちらの世界(日常生活)と、
見たことも聞いたこともない、あちらの世界(放射線)、
この二つを橋渡しするキーワードが
「紫外線」
こちらの世界からあちらの世界に渡るかけ橋が
「紫外線」
だと思うのです。
なんだか三途の川にかかる橋みたいな言い方になってしまいました。
「何か怖いもの来るから気を付けろ!」
っていきなり警告されても
それがどんなもので、
何がどう怖いのかわからなければ
気を付けようもありません。
それで、為すすべもなく何もしないか、パニックに陥って騒ぎ立てるだけか、なんだか知らない恐怖から救ってくださいと神様に祈るくらいしかできません。
「正しく恐れる」
からは程遠い結果になります。
世の中にはいろいろ怖いものがあります。未経験の怖いものにつき合わなければならなくなったとき、すでに知っているものの中で何がそれに近いものかという情報は大変ありがたい情報です。
その
何かわからない怖いものは、
大きくて重いもので私たちを押しつぶしてゆくようなものかもしれないし、毒ガスのように空気中に拡散して広まってゆくものなのかもしれないし、痛いものなのか、息苦しいものなのか、少しずつ体力を奪われてゆくようなものなのか、気がつかないうちに意識を失って命を奪われてしまうようなものなのか。私たちの生存環境を破壊して生きられなくしてしまうようなものなのか。見えるのか見えないのか。感じるのか感じないのか。攻めてくるのか関わらなければ問題ないものなのか。大きさがあるものなのか?色があるものなのか?重さがあるものなのか?熱いものか冷たいものか?不快感のあるものなのか。逃げでも追ってくるようなものなのか。
これらの際限のない疑問と不安は
「紫外線に似たもの」
の一言でかなり片付きます。
たとえば、
それが量に関係するものなのかどうかという問題があります。
微量なら問題ないもの
と
微量でも危険なもの
とがあります。
ウイルスや細菌などの場合だと、微量でも危険な場合があります。なぜならそれらは微量でも自ら増殖する事ができるからです。
紫外線は自ら増殖しません。少なくともウイルスや細菌に対するような恐れ方はしなくてよいことがわかります。
大きいものでも重たいものでもなく、熱いものでも冷たいものでもなく、紫外線から身を守るために日差しを避けたり、水銀灯のような紫外線源をわざわざ見つめたりしないようにわざわざ近づかない、またオゾン層が太陽からの紫外線を遮ってくれるように何かの物質で遮ることが考えるべき防御になるような種類の存在であるとか
そういったイメージにかなり狭められます。
毒ガスのように拡散するのではなく、光のように放射されるものであり、線源から遠ざかれば距離の二乗に反比例して急速に弱まるものであるようなこともわかります。飲んだり触れたりできるものではなく、光のように浴びるもので、かと言って紫外線は浴びても暑いと感じるわけではなく、人間の目に見えませんから浴びているのかどうかわかりません。殺菌灯は明るくありませんが、見えない紫外線が確実に細菌を殺しています。暗いながらも見えている明かりは紫外線ではなく紫外線に近い可視光線です。紫外線は人間にはその存在がわかりませんし見えませんが、日焼けのような現象が起こることから、その存在を感じさせずに作用するものだとわかります。遺伝子を破壊して発ガン性があります。放射線はこの働きが紫外線よりも桁違い(紫外線とエックス線で粒子のエネルギーが最大40万倍くらい違う)に強いものです。紫外線による日焼けは身体にあらかじめ備わった紫外線に対する防御機構だがエックス線に対しては通用しない。殺菌灯は紫外線ですが、放射線も殺菌に使われますから、そっくりなものであることがわかります。などなど・・・
放射線の怖さは
紫外線の怖さを何万倍かあるいはそれ以上にしたもの・・・
それで
悪魔か妖怪をみるかのように恐れるのではなくて、どのような種類の怖さなのかを理解して恐れることができるようになります。
それはノロウイルスやインフルエンザウイルスのような種類の怖さではなく、
サリンや毒ガスのような種類の怖さでもなく
ヤクザや暴力団のような種類の怖さでもなく、
落石や突風のような種類の怖さでもなく、
雷や雹のような種類の恐さでもなく、
紫外線のような種類の怖さです。
ただしその危険度は紫外線と桁違いで、紫外線が自然界にもともと存在するため、身体が防御機構を備えているのに対し、放射線にはほとんどそれがない。
など紫外線と比較してその違いに注意することが放射線を理解する近道だと思うのです。
ここで念のため教科書的説明もしておきます。
①放射線とは
素粒子またはその複合体の流れです。
②具体的には
電磁波(光子の流れ)
ベータ線(電子の流れ)
アルファ線(ヘリウム原子核の流れ)
中性子線(中性子の流れ)
などがあります。
③電磁波には、
ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波がありますが、ガンマ線とエックス線以外は危険な電離作用が小さいか、無いので通常は放射線に含めません。
④素粒子とは
モノやコトや力や空間や存在の根源で、原子や原子核や素粒子自体を破壊したときにはじめて存在がわかる破片であったり、電気力や磁力や重力などの力を生じさせたり、質量やエネルギーを運んだり変換したりする最小単位だったりする、自然界の根源になっている粒子のことです。
ただしここまでは
「放射線」
の説明です。
正しく恐れるためにはこのほかに、
「放射能」
も理解する必要があります。