第19話はケニアニアァァァァァー
ロンドン大会では
注目の国
「ケニア共和国」
を是非応援しましょう。
前回北京大会でケニア共和国は金6銀4銅4合計14のメダルを獲得し、メダル獲得順位15位です。メダルはすべて陸上競技中長距離。第16話でエチオピアと比較しましたが、とくに中距離で突出してます。
仙台育英高校出身のサムエル・ワンジル選手は男子マラソンで優勝しました。そしてケニアはオバマ大統領のお父さんの出身国です。ココスに行ったらルクリリ紅茶、カンダイタ紅茶が出ていました。紅茶コーヒーのケニア、マサイ族のケニア、野生動物たちのケニアを応援しましょう。
一つもメダルを獲得できない国がほとんどのアフリカ諸国の中で、ケニア選手の活躍は突出しています。政治経済も比較的安定しているケニアはアフリカの中の先進国的存在です。
↓ケニア共和国の位置
面積58.3万平方キロメートル(日本の約1.5倍)、人口3,980万人
第7話ソマリア、第16話エチオピアの隣国になります。隣国エチオピアのように由緒ある王家が続いてきたわけではありませんが、ケニアにはスワヒリ文化圏というまとまった地域が国としてのケニアを根拠付けています。スワヒリ文化は現地アフリカ人とアラビア人とが育て上げた文化です。東アフリカ沿岸は古くからアラビア商人の活動圏でした。
中国南部から東アフリカにかけて、南シナ海からインド洋沿岸は三角帆の交易船であるダウ船が盛んに行き来する海域で、2000年前にはすでに貿易ルートが開かれていたそうです。この海上交易網の北西の端はエジプト、東の端は中国と日本、南西の端がケニア周辺です。古くから貿易活動が盛んだった地域という印象が感じられます。インド洋の交易網はこの地域特有の季節風と貿易風と海流を利用したもので、第3話マダガスカルの原住民もこういった自然条件を利用して東南アジアから移住したようです。
ケニアのモンバサ、イラク(第10話)のバスラ、インド(第12話)のムンバイを結ぶ三角形は中世から20世紀にまで続いたダウ船による三角貿易ルートです。
1418年頃には明の鄭和の艦隊の一部が現在のケニア地域まで到達しています。
喜望峰を超えたヴァスコ・ダ・ガマ以来ポルトガル人が、次いで再びアラビア人が、そしてドイツとイギリスが覇権を争った後20世紀中頃までにはイギリスの完全な植民地になり、独立は1963年です。そのためスワヒリ語とともに英語が公用語です。
イギリスからの独立運動は1944年にキクユ青年協会の設立からはじまり、1952-56年ケニア土地自由軍が植民地政府に対して起こしたマウマウ団の乱を経て、独立の機運が高まり、1963年に英連邦王国として独立しました。翌1964年に共和制へ移行、ケニア共和国が成立しました。
要するにこの国もまた、決していつの間にか自然にできた国などではなく、独立運動を闘って勝ち取られた国家です。たいていの国でそうであるように独立運動のリーダーは投獄されています。
ケニアのオリンピック参加は、1956年メルボルン大会から。初メダルは1964年東京大会で、男子800mのWilson Kiprugut選手、初金メダルは1968年メキシコで男子10000m、男子3000m障害、男子1500mで一挙に3つを獲得。以来陸上競技で69、ボクシングで9つのメダルを獲得。北京大会は金メダル、メダル総数ともに過去最高となりました。伸び盛りのアフリカのスポーツ大国ケニアを是非応援しましょう。
ケニアについて、あるいはケニアのスポーツについて何かご存じの方はコメントください。間違い指摘も大歓迎です。
[前回北京大会でケニア共和国の獲得メダル]
<金メダル6>>
@Pamela Jelimo選手 女子800 m
@Wilfred Bungei選手 男子800 m
@Brimin Kipruto選手 男子3000 m 障害
@Nancy Lagat選手 女子1500 m
@Asbel Kiprop選手 男子1500 m
@Samuel Wanjiru選手 男子マラソン
<銀メダル4>
@Janeth Jepkosgei選手 女子800 m
@Eliud Kipchoge選手 男子5000 m
@Eunice Jepkorir選手 女子3000 m 障害
@Catherine Ndereba選手 女子マラソン
<銅メダル4>
@Richard Mateelong選手 男子3000 m 障害
@Micah Kogo選手 男子10000 m
@Alfred Kirwa Yego選手 男子800 m
@Edwin Cheruiyot Soi選手 男子5000 m