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第9話は
21世紀最初の独立国
東ティモール民主共和国
ニャん

ロンドン五輪では
注目の国
「東ティモール民主共和国」
を是非応援しましょう。

Wikipediaをみると、
前回北京大会では
計2名をエントリーしたようです。
2名ともマラソン
で、男子マラソン1名、女子マラソン1名です。

男子マラソンの選手の記録はDid not arrive in Beijingとなっています。北京に到着しなかったという意味にとれますが、出場辞退という解釈でよろしいでしょうか。

女子マラソンの選手は途中棄権となっています。

2名とも完走せず記録はありません。
一応、
東ティモール民主共和国の獲得メダルは、
金0、銀0、銅0、合計0個になります。


Wikipediaに、東ティモールオリンピック委員会委員長のコメントが載っていましたので、この記事最後に載せておきます。


多分、次のようなことを言っているのだと思いますニャ
「東ティモールは、他の種目ではオリンピック出場権を得られません。スポーツは政府の優先政策ではないし、スポーツ施設もありません。私たちはマラソンで勝利しようとは全く思っていません。完走するだけで既に充分な偉業です。他の国の選手なら道路で練習できますが、私たちにはそのような練習をするための手立てすらないのです。」(拙訳)


東ティモール民主共和国は
21世紀最初の独立国
です。
2002年にできたばかりの国です。

本当は1975年にポルトガルから独立し、長い植民地支配からようやく解放されたはずでした。

ところが独立宣言をした直後に、インドネシア共和国の軍隊が侵攻してきて制圧され、強引にインドネシアに併合されてしまいました。

そこで今度はインドネシア共和国に対して独立闘争を闘うことになります。インドネシア共和国は東ティモールに残酷な弾圧を加えます。1991年11月には、インドネシア国軍による独立派虐殺事件が起きます(サンタクルス事件)。さらに独立派と反独立派の闘争もあり内戦のようになってしまいました。

独立闘争と、国際世論の非難、インドネシア国内の政変などが重なり、1998年にようやくインドネシア政府の方針転換がなされ、国連などの援助を経て、2002年5月20日に独立を果たします。

21世紀最初の独立は、ポルトガルに続きインドネシアと、2つの支配を闘い抜いて勝ち取られた独立です。


↓東ティモール民主共和国の位置です。
ニャンコのうんちく-東ティモール民主共和国
 インドネシア東部小スンダ列島ティモール島の東半分を占める国です。この島もプレート境界の島だからインドネシアと同様の地震多発地帯です。
 島の西半分はインドネシア領になります。島が分割されている原因は1859年のリスボン条約に遡ります。当時この島で支配権を争っていたオランダポルトガルが、島を半分に分割することで合意したことが発端になります。島の西半分は1949年にインドネシアがオランダから独立したのでそのままインドネシアの一部になりました。東半分はポルトガル領だったのでこのときの独立からは取り残されます。島の東半分が1975年にポルトガルからの独立を試みたところインドネシア軍の介入を受けてしまったわけです。

 その後2002年にようやく独立した新しい国です。なお1942年から1945年までは日本領です。
 外務省HPをみると、東ティモール民主共和国の面積は約1万4,900平方キロメートル、人口は107万人となっています。面積は福島県よりも大きく岩手県よりも小さいくらいで、人口は仙台市くらいで日本全体の120分の1程度になります。

 長く続いた政情不安のためか、北京オリンピックの2008年段階で国連のLDC(後開発途上国=別名最貧国)に指定されています。現在コーヒーなど輸出産業を育成中で、フェアトレード商品としての広告を見たことがあります(もちろん日本で)。東チモール(東ティモール)産のコーヒー(あるいはその広告)をみたら、この記事を思い出してください。


 東ティモールのマラソン選手は完走できませんでしたが、北京大会のマラソンは日本選手も男女6人中半数の3人しか完走に至っていません。長距離王国エチオピアの選手も女子マラソンでは三人中一人しか完走していません。そもそも過酷なレースだったのではないでしょうか。

 なおWikipediaの記事によると、東ティモール民主共和国はパラリンピックの北京大会に11人もの選手を派遣しているそうです。オリンピックよりもパラリンピックの方ではるかに活躍しています。

 東ティモール民主共和国および、東ティモール民主共和国の選手についてご存知の方はコメントください。記事の間違い訂正も大歓迎ですニャん。

 苦難の末に独立を勝ち取った国民が、
 次はオリンピックでの勝利を勝ち取ることを願って、
ロンドン大会では是非、
東ティモール民主共和国
を応援しましょう。


[北京大会における東ティモール民主共和国の戦績]

<陸上競技2名>

Augusto Soares選手 男子マラソン Did not arrive in Beijingとなっている。この種目は日本の尾形剛が2:13:26で13位、佐藤敦之が2:41:08で76位。金メダルはケニアのSamuel Kamau Wanjiru選手で2:06:32 のオリンピック記録。

Mariana Diaz Ximenez選手 女子マラソン 途中棄権。この種目日本選手は中村友梨香が2時間30分19秒で13位、土佐礼子が25km地点で途中棄権、野口みずきが出場辞退している。金メダルはルーマニアのConstantina Tomescuで記録は2時間26分44秒。




"In all the other sports we cannot qualify to participate in Beijing. Sport is not a priority for the government of East Timor and our infrastructure is non-existent. We don't have any hope of winning the marathon, but to finish the marathon is already an achievement.We don't have facilities in East Timor to train for the marathon, but you can train on the road."