ニャンコのうんちく-20120428200359.jpg
今日からオリンピックの話をするニャん。


ニャンコとしてまずは無視できないのが


  カンボジア王国

なにせさんで話題になった国ですからね。

注目の国、カンボジア王国を応援しましょう。

↓カンボジア王国の位置です。
ニャンコのうんちく-カンボジア
では、

前回北京大会の成績を確認してみましょう。

カンボジア王国は前回4名の参加です。

その内訳は

・男子マラソン 
・陸上女子100m 
・競泳男子50m自由形
・競泳女子50m自由形

以上4名。金0銀0銅0メダル合計0個。
(詳細はこの記事最後に一覧にします)


もちろん男子マラソンは、
さんに出場権を奪われている、あのブンティン選手。
2時間33分32秒73位。

同じレースに日本選手は3名エントリーしていて

順に、13位、76位、出場前に棄権

という成績。そうです。この記録、

日本選手団に入っても堂々たる成績なのです。

カンボジアってどんな国

でしょう?

人口は1380万人程度、九州8県よりちょっと少ないくらい。

面積は18.1万平方キロメートルで日本の半分くらいの大きさです。

野菜の「かぼちゃ」は「カンボジア」が語源と聞いたことがあります。


カンボジア内戦(19701991)、ポルポト派、といえば・・・


そうですね。

もう歴史になってしまいました。

しかしこの歴史、日本と無関係ではありません。

カンボジア王国は、

日本が初めて国連PKOに参加した国

なのです。


内戦で埋められた地雷で未だに事故が絶えず

国際協力で地道な地雷撤去作業が行われている。

そうです。

この国の歴史を知れば応援したくなります。

あの不幸な内戦を乗り越えて、

いま復興中の国なのですから。


カンボジアは現在、国連の定めるLDC(後開発途上国)に指定されています。

一般に最貧国とも言われます。

そういう国であれば、

オリンピックに選手を派遣すること自体大変だと思うのです。

 カンボジアは由緒正しい歴史ある王国です。

カンボジアのアンコール遺跡は世界遺産に登録されています。

アンコール王朝は9世紀頃に成立した王朝で、当時はインドシナ半島の大部分を納める大きな王国でした。

アンコールワットは12世紀にたてられたヒンズー教寺院です。

 その後次第に国力が衰え19世紀には、周辺国(タイ、ベトナム)の脅威に対抗するため当時の列強の一つフランスに頼ります。


そして気がついたらフランスの植民地になってしまいます。


 これではアカン!と独立に立ち上がったのがシハヌーク国王。

王族として自ら独立運動に身を投じたシハヌーク王は

粘り強い政治活動を経て

1953年にカンボジア王国を完全独立に導きます。(第二次大戦中の独立には日本が関わっています。)

その後、非同盟中立路線で国家建設を進めたところ、

なぜか1968年頃から米軍による空爆が始まります。

1970年にアメリカに支援されたロン・ノル将軍がクーデーターを起こし「クメール共和国」を樹立。

 シハヌーク派対ロン・ノル派の内戦勃発


1975年に中国に支援されたポル・ポト派が勝利し「民主カンボジア」を樹立。

 自国民大量虐殺を実施する。シハヌーク王の子や孫も虐殺される。


1979年にベトナム軍に支援されたヘン・サムリンが「カンボジア人民共和国」を樹立。

 中国とアメリカが支援する3派(シハヌーク,ポルポト,ロンノル)連合


    対 


 ベトナムとソ連が支援するヘン・サムリン派


 の内戦に突入。


1991年にようやくパリ和平協定で内戦終結。


1992年から国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が管理を始める。

 日本が初の国連PKO参加を果たしたのはこのとき。


ややこしいのでまとめなおすと

1953年フランスから独立

1970年アメリカの傀儡政権

1975年中国の傀儡政権

1979年ベトナムの傀儡政権

1991年パリ和平協定で内戦終結。

単純化しすぎかもしれませんが、

他国に蹂躙されてきた歴史がわかります。

 カンボジア内戦に悲惨さについてはここでは書きませんが、
経済破綻の原因はもちろん周辺国による破壊活動と内戦ですニャ。


カンボジア王国とカンボジアのスポーツ事情について
何かご存知の方はコメントください。
記事の間違い訂正も大歓迎ニャン。


[北京大会カンボジア王国選手団の戦績]


 <陸上競技2名>

Titlinda Sou選手。 女子100m 記録12.98 1次予選敗退だが自己ベスト達成。ランキングは70位/85人中。この種目は日本の福島千里選手が記録11.74で47位。金メダルはジャマイカのShelly-Ann Fraser選手10.78(これも自己ベスト)。


Hem Bunting選手。男子マラソン(2:33:32で73位。日本の佐藤敦之は2:41:08で76位だからこれよりは速い。北京の男子マラソンは19名もがスタート後にリタイアしている。日本の大崎悟史や東チモールのAugusto Soares、タンザニアのMohamed Ikoki Msandekiらはスタートすらしていない。やはり完走するだけでも大変な種目です)、この種目は日本の尾形剛が2:13:26で13位。金メダルはケニアのSamuel Kamau Wanjiru選手で2:06:32 のオリンピック記録。


<競泳2名>

Hemthon Ponloeu選手。男子50m自由形 記録27.39 予選4組5位 予選ランキング79位/97人中。この種目は日本選手の出場なし。金メダルはブラジルのCesar Cielo Filho 選手。 記録21.30(OR)。


Hemthon Vitiny選手。女子50m自由形 記録31.41 予選3組7位予選ランキングは78位/90人中。この種目は日本選手の出場なし。金メダルはドイツのBritta Steffen選手で24.06(OR)