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人間って
誰でも自分の利益が第一ですから。

社会に嘘や不正があることに気がついても
それが、互いに自分に都合がよいものだったら、知らない振りして黙ってるんだってね。暗黙の了解って言うんだとか。バレそうになっても、うまいイイワケや言い換えの言葉が流布して、みんなで協力して、不正や嘘を隠すんですね。
こういうとき、みんな一致団結して、判で押したように同じセリフです。

たまに
正直に疑問を指摘してしまう人間がいると、
「空気読め」
ってセリフで逆に悪者にしてしまいます。
口封じですね。


ところが・・・
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嘘や不正による不都合が大きくなって隠しきれなくなってくると、

誰かの合図で
今度はみないっせいに寝返りだすのです。
私は知っていた。
まずいと思っていた。
指摘したら白い目でみられた。
とか
みんな言い出します。


なぜなら
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それから
責任の押しつけ合いがはじまるからです。

それは
生け贄の羊が最後の一人に決まるまで続くのです。
私の責任ではない
って
一人ずつ証明していって
最後に残ったお人好しか、ぼんやり者が生け贄です。
でも、押し付けたババ抜きのババが、返されそうになってしまうこともあります。
そういうときには本当に口封じしてしまいます。つまり殺しちゃうんだそうです。殺しも不正ですが、この不正にも言い換えはあります。
死刑って言い換えです。

犯罪者にしちゃえばいいんです。
死刑にしてしまえば安心です。死人に口なしです。
誰も助けません。
下手に助けようとすれば今度は自分がババを引くハメになります。
せっかくうまいこと責任を押し付けたのにわざわざそんなこと誰もしません。冤罪を覆すのは至難の業です。
醜いです。残酷です。人間ってそうやって罪や不正を押しつけあって生きています。

だから
ついに呆れ果てて、
「俺が全部責任とってやるよ、そのかわりこんな醜い争い、これで最後にしろよな」
って言って
世界人類の罪を全部引き受けて、進んで死刑になる。
そんな奴がいてくれたら、カッコイイ。

いや
いたような気がする。
いたね。

いっぱいいるよ。

でも彼は
死刑囚。犯罪者。
あくまで罪人。

だけど
本当は罪を押し付けたんだって
わかってる人はわかってる。
だから罪人のお墓なのに、
なぜか花が手向けられる。
しかも
誰もその理由を語らない。

「罪人も死後は清められるんだ」
とか
「犯罪者にも人権はある」
とか

ここにも、
決して核心には触れない、当たり障りのない決まり文句
が用意されている。

人間って面倒だにゃ。
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