白河夜船 17
ぼくには文体がない。これは信じていいことなん
だよ。だって向日葵があんなに見事に咲いている
なんて不思議じゃないか。言葉の綾を使用するま
でもなく、そういう得体のしれない事由のために判
断を休ませてはいけないという位の官僚的規範は
ぼくにもある。
つまりぼくはこう言いたいのだ。ぼくには文体が
ない、と。ないがゆえにある時は、酔っぱらった野
坂昭如、ある時は、空腹に顔がゆがむ山口瞳、ま
たある時は、耄碌した内田百間、さらにある時
はへろへろの永井荷風をきどって書いてるだけ
でみんな似非であります。ぼくなんかなんにもな
い。すっからかんであります。
こうして自分を公にさらすということは恥じおおい
ことです。素面ではとてもやれません。怖いことで
もあり、たまらないことでもあり、やるせないことで
もありの、神をも恐れぬ罪深きしわざだとおもいま
す。それなるがゆえに他人の文体に仮託いたしま
して、生意気なパーソナリチーを演じてきたわけで
ございます。神の御加護を。アーメン