白河夜船 8
本日もはたせるかな雨である。突然で恐縮であ
るが、たしか雨の物語という歌があったような気
がする。男だか女だか、あるいは大人だか子供
だかわからない、はなはだ面妖な奴が歌ってい
た記憶が脳漿の片隅にひっかかっているのだが、
はたしてあれは幻だったのであろうか。
恥ずかしながらぼくにもささやかであるが、雨の
物語がある。
いまとなってはずいぶん昔の話だが、その日渋
谷にぼくはいた。ハチ公のシッポで友人三人と待
ち合わせていたのだ。喫茶店田園で読書会をす
るためだった。やがて全員そろったので店へ行き
会が始まった。本はたしかサルトルの実存主義と
はなにか、だと記憶している。その日の担当はぼ
くだったので、実存は本質に先立つ、の概要をと
っとっと自信なさげに話したのは遠いむかしのこ
ことである。2時間ばかりで会は終わり帰途につ
いた。あいにくその時間は雨になっていたのだ。
ぼくはちょうど傘を持っていたので、バス停に並
んでいると、ぼくのうしろに小5ぐらいの女の子が
きたので、どうぞ、といって傘をさしだしたのだ。
すると少女はありがとうとすなおに言った。つづ
けてぼくは、学校はどこと聞くと、彼女は誰でも
知っているさる有名校の名をあげた。そのとた
んぼくはあがってしまって、エスカレーターだね、
と暴言をはいてしまったのである。気まずい空
気がながれた。そこへバスが来てすくわれたが、
これこそがぼくの雨の物語である。もんくあるか。