目的と手段
例えばお金
お金が生きる目的とすると、いくら稼いでも満足しません。どこかの国の元大統領のように何兆円を手に入れても、満足しない。なぜなら、生きる目的がお金だから。
お金が生きる手段とすると、生きるに必要な金額のお金だけで事足ります。だから無限にお金を欲しない。
手段の目的化
車は本来、長距離を移動するための手段であるが、車を所有すること(ステイタスシンボル)を目的にする場合もある。
切手は本来、郵便の送料として貼るものだが(手段)、目的として集める切手マニアがいる。
時として、目的が手段になり手段が目的になったりする。
人間は、生きるために食うのか。はたまた、食うために生きるのか?
一般的には生きるために食うのだろうが(手段)、食うのを目的に生きている人もいるでしょう。
厳密に言えば、人が,生きるなかで美味しいものを食べたり、音楽を聴いたり、旅行を楽しむのは、手段とも目的とも区別できないし、あえて区別する必要もない。
昔、広辞苑を買った。誰もが知っているように、この本は、辞書であり百科辞典でもあります。しかし私は、おもに枕として、時にはバーベルとして利用してます。事ほど左様に、目的と手段は逆転することもあります。人間の認識は非対象です。それ故に、発想を変えることによって解決する問題もあります。