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シクロとは、自転車の前に客を乗せる設備を設けた人力車のことである。22年前、でかさんがカンボジアに行った時は、シクロが幅を利かせていた。

料金は交渉で、日本人と見れば、決まってふっかけてきていた。ヴェトナムに行った時も、シクロは健在であった。

そのシクロの運転手は、流暢な英語を話していた。ホーチミンが自由主義てあった時は、かなりのハイクラスの生活をしていたに違いない。

可哀想に思えた。
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ヴェトナム語のことはわからないが、中国語と似ている。中国語よりも難しいようである。昔の中国に呉とと越という国があった。呉越同舟の語源である。

越が滅びて、南下をして、ヴェトナムになったという説もあるようだ。かつて、ヴェトナムも漢字文化を持っていたが、フランスの植民地となり、漢字文化を失ってしまう。

日本と同様中国文化の影響を大きく受けている。しかし、その中国とは仲が悪い。中国の南下を防ぐために、壮絶な戦争をしてきた歴史がある。

南沙諸島のことが問題になっているが、中国とヴェトナムの仲の悪さは昔からの事である。
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でかさんは、退職したら、アジア各地を漫遊する。今は、本当の漫遊旅行記になっていないが、そのうちに、本当の漫遊旅行記にする。

取り敢えず奥様がイタリア周遊を希望しているので、イタリアに行くが、ヴェトナムを北から南まで横断旅行したい。

その時は、日本から、色々な物を持って行って、必要な人々に分け与えたい。日本でもそうであるが、田舎の人ほど純朴である。

在留資格が許せば、何処か田舎の民家の生活を一週間ほどしてみたい。そして、そこを立ち去る時には、ホテルに泊まって支払うことになるお金を置いて行きたい。そして、陸路カンボジアに渡るつもりだ。

そして、現地からプログを更新したい。それまで、どれだけの人が読者として残っているだろうか?
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でかさんがカンボジアからホーチミンに遊びに行って、驚いたのは、大学生が手榴弾の投擲訓練をやっていたことで有る。

現地人が外国人と一緒のホテルに泊まれなかったり、警察官が来ると、それまでいたオートバイに乗った女の子たちが一斉にいなくなってしまったりするところは、自由主義の国とは違うなあと感じたが、あとはそんなに違和感はなかった。

ただ、街中に鼻が落ち、足のない奇形の人間がスケボーに乗って、外国人と見ると、一目散に向かってくるのは、並行した。

戦争博物館には、奇形胎児がホルマリンにつけられており、とても不憫に思えた。このような光景を目にする時、日本に生まれたことが、本当に幸せに感じる。
カンボジアに行った時、奇妙な物を見た。抱き枕である。日本人のでかさんには馴染みがなかった。

これまで、東南アジアの女性と一夜の恋をすると、決まってその子たちは、体を寄せて眠りについていた。小さな女の子が、父親に甘えるように。

60歳になったでかさん。時として、掛け布団を抱いて寝ていることがある。人間は、猿から進化しているので、何かにしがみつくという習性があるのかもしれない。

抱き枕というのは、何処の国にもあるのか?少なくとも、ヨーロッパやアメリカでは見なかった。
でかさんがカンボジアで生活していて、日本帰国が決まった時、ヴェトナムに旅行したことがある。22月前の話。

カンボジアで命を救った男がヴェトナムに滞在していたので、彼を訪ねて行った。空港もプノンペンと同じようなみすぼらしいものだった。

当時の記憶がほとんどないが、オートバイだらけであり、夜の街を歩いていると、オートバイに乗った若い女の子から、声を掛けられた。

宿泊したホテルには、ヴェトナム人は入れないので、遊ぶためには、女の子の案内するホテルに行かなければならない。怖くて、とても応じられなかった。

夜のナイトクラブに行った。若くて、可愛い、そしてインテリの女の子たちがホステスをしていた。この当時のヴェトナムで、女性が働ける職場は、ほとんどないようだった。

海外駐在に来ている外国人の愛人となり、2年や3年間を愛人として過ごして蓄えを得るというのが、彼女たちの生きる術であった。

美人に生まれて、頭も良くても、SEXの道具としての価値しかないのである。とても不憫に感じた。
カンボジアに行って、カンボジア人とヴェトナム人が仲が悪いことを知った。隣国同士で、侵略されたりしているからだろう。

ただ、不思議なことに、カンボジアには、ヴェトナム女性が多く在留していた。売春を目的としたヴェトナム女性が多くいた。世界各国からPKOで、多くの外国人が入ってきたからかもしれない。

トンレサップ湖にヴェトナム人漁師が多くいたので、昔から、交流があったようでもある。22年ぶりに現在のカンボジアを見てみたい。

現在のカンボジアでは、日本の若者が多く起業している。でかさんが滞在していた時には、とても考えられないことである。