棚の上に置いてた腕時計が床に落ちて壊れちゃってましたぁ( ̄○ ̄;)

不自由と嘆いてる自由がここにある-HI3F3054.jpg

三つ折れバックルのピンが外れちゃってて、しかもプッシュ式の部分がバラバラになっちゃって、バネもビヨーンってあせる

直そうと試みたけどムリでした(>_<)


いつ落としたんだろ…


きっとやんちゃ姫に違いない!
高いところまで手が届くようになってきたからなぁ~(>_<)って人のせいにするなって!?(笑)


あっ!前から気になってるんやけど、吉井さんブログで徐々に、
(笑 → (笑) → 〈笑〉→ 《笑》に変化していってるよね(^O^)

(笑 を浸透させといて全く吉井さんって人は…

次は【笑】?いや{笑}か!?それとも…

≦笑≧←深読みしすぎるやつ(笑)


めっちゃ話それちゃった(^_^;)

壊れた時計を近所の時計屋に持って行ったら、当店では取扱いがないからできないけどベルトを丸ごと取替しなきゃいけないですって(>_<)

13年使ってる愛着のある時計やから早く直したいけど修理高くつきそうやなぁ~( ̄○ ̄;)
13年前の5月20日の夜

母から『父があと1週間くらいの命です』と医師から宣告されたと聞きました。

そんなに長生きできるとは思ってなかったし、覚悟はしてたつもりやったけど、突然の事で唖然としてしまいました。

透析により心臓に負担がかかりもう限界だと…。

いつものようにすぐ退院できると思ってたのに…(T_T)


翌日、悶々としたまま仕事へ

会社に着いてしばらくしてすぐ、会社に兄から電話。
『父、危篤。すぐ帰ってこい』と…

え~っ(>_<)もう!?(T_T)

きっとダメなんだと思いました。

いろんなことを考えながら電車を乗り継ぎ、車に乗り換え1時間以上かかって病院に着きました。

現実を受け入れたくなくて、正直、死に目にあうのが怖かったです。

でも、父はおれのことを待っててくれてたみたいです。

おれが病室に着いたら、すぐに…でした。

もう会話もできなかったけど、大好きだった職人らしいゴツゴツした手のぬくもりを今でも忘れません。


最後に会話したのはいつだったのか…

結構、キツくあたってしまったのが最後だったんじゃないかと悔やまれます。


今日は、久々に父のいろんな事を思い出したり考えたりしてブログを書いてたら泣いちゃいました(>_<)

やっぱり、子ども好きだった父に今のやんちゃ姫たちをを見せたかったなぁ♪


でも、見てくれてると思います。
いつもそばで見守ってくれてる。そんな気がします(*^o^*)


あなたから受け継いだ血を汚さないよう愛していきたいと思います。

今日は、そんなことを思った1日でした。
最近よく13年ぶりとか、13って数字をよく聞くんだけど(←吉井さん周りだけか!?(笑)


今日はあれから13年。
父親の命日でした。

もうそんなに経つんかぁ~って感じです。


もし生きてたら70歳。
そう考えるとちょっと早くに逝っちゃったなぁ★

今ならおれは父とどんな話するんだろ?と
懐かしい父との会話を思い出したら、涙があふれて止まらなくなってきちゃいました。

なんか最近、涙もろいな(苦笑)


今日は父の話を。

父は建築の職人でしたが、36歳の時に仕事中に高所からの転落で脊髄を損傷。

下半身不随になりました。その当時、おれはまだ8ヶ月。

当然、何の不自由もなく動いてる父の姿を見た記憶はなく、物心ついた時には松葉杖姿でした。

でも、もともと器用なため内職とかして家にいたので、学校から帰ってきても一緒に散歩したりしておれは父とずっと一緒でした。

怒るとめっちゃ怖くてフツーに動けなくてよかった♪と幾度となく思ってました(←不謹慎息子!?笑)


父の影響もあったのか、おれは、建築を志しました。職人ではありませんが…。

若い頃は平気だったんやけど最近、仕事で高い所へ上がる機会がある時は正直、怖いです。

父が事故した年齢に近づきつつあるので特に意識しちゃいます。

吉井さんが26歳で死ぬんじゃないかと思ってたのと同じ感覚!?(←一緒にするな?笑)


話を戻します。
父は、障がい者になって健康体ではなかったので、すぐ風邪をこじらせたり、腎臓が悪くなったりで入退院を繰り返し、晩年は人工透析もしていました。

そんな中、パートをし、父の介護をし、幼かった兄弟3人を立派に育ててくれた母親には感謝でいっぱいです。

スゴイ精神力としか言いようがありません。
母親には長生きしてもらいたいです(*^o^*)

そんな尊敬する母親の話はまたの機会にするとして♪

父の話を今日はもう少し続けてみます。