たまには | tmpブログ

たまには

6/17 ヨコハマ曇り空

今日は作業報告じゃなくて、たまには「参考までに」ってお話を.

以前は本当に数え切れない程のライブやコンサート、レコーディング現場に足を運んでいました.
そして特に大きな会場でのコンサートのリハ(ワタクシはリハが終えたら帰る事が多かったので)でミュージシャンに「音、どうです?」って本当に毎回聞かれてました.

でも実際のところ現場現場には諸事情めいたものもあって一概にミュージシャンの責任の範疇外の問題で音が今ひとつ、ふたつ、場合によってはこんな音だったら恥じかく様なモンだから止めてしまった方がいいくらいだ、と感じる事もありました.

でも中にはミュージシャン個人レベルの音楽性や技術的な問題、機材問題などが原因で「正直聴くに耐えない」場合だってあります.でもそれをそのまま言葉にはしません.だって数時間後には多くの聴衆の前で彼らは演奏するわけですから.

そんな現場でいつも感じていたのは「もっと事前に準備してれば少なくとも今よりはずっとマシなライブにはなったはずだ」と言う思いですね.

例えば:
オリジナル曲はオリジナルとして完成度の高め具合.(頭から尻尾の先まで、その曲としての完成度具合/イントロからエンディングまで、もうどこもいじるところは無いと言うレベル具合)
カバー曲だったら:
元のオリジナル演奏を凌ぐレベルの演奏を聴かせようと言う意欲.まあ、俺たちがこの曲をやるとこんな感じかな、みたいなレベルの演奏が多い事.(w_-;

皆さんは仮にストラトみたいな定番モデルをオーダーする際にどうです?
フェンダーの市販品でいいのであればフェンダー買ってません?そうでしょ?
楽器のオーダーで言えば、ストラトをオーダーされたら、それは演奏で置き替えればオリジナルのカバーを演奏する様なモンです.その場合、フェンダーのストラトのクオリティを凌ぐ事が前提です.違いますか?同じレベルならフェンダー買ってますでしょ?
だからワタクシは皆さんからいつも高い要求をされていると意識してますもん.
これを演奏で言うならクラプトンのレイラのカバーを求められたらクラプトンのレイラ以上にいい演奏をすることを前提で臨むってことです.皆さんは結果的にそのことをワタクシに要求して来ているんです.

では演奏者側の皆さんはどうですか?その意識はお有りですか?
オリジナルを凌ぐ演奏を聴かせるつもりが無いなら、カバー演奏なんて意味が無いんですよ.シビアに言えばね.でもそれがプロの意地ってもんじゃあ無いですか? 絶対に楽しませてやる、と.

言うのは簡単ですよね.だから現在ワタクシもヴァイオリン族の製作家デビューを数年後に控えて毎日オーダーが無くても売り上げが無くてもヴァイオリン系の研究と作業熟練度を高める為に様々な検証を繰り返しています.金額で言った方がいやらし感じですが伝わり易いので明かしますと、既に検証するのに費やした費用は300万を越えました.コレはワタクシの老後の貯金でした.
もうスッカラカンです.お恥ずかしい金額ではありますが・・(*v.v)。

検証のために一人の演奏家に楽器を渡す場合に掛かる費用は最低でも1本につき30~40万は掛かります.ですから既に費やした費用に加算でこの費用が奏者ひとりひとりに掛かっています.
その検証予定者リストの人数からしますと8人です.

以前からですが、これから事業を始めたいと言う後輩達にアドバイスを求められた場合に必ず言って来た事なんですが「何かひとつ、新しい事を初めるにあたって資金は最低で500万は掛かると思って事にあたりなさい」って申して来ました.これは未だに変わりませんね.
だって実際に55Hzの周波数変換機の開発時もサークルフレッティングの時もスピーカーの開発時も皆同じくらいの金額が結局掛かってますから.そのまんまです.

加えて今回のワタクシのケースではヴァイオリン族の楽器を伝統的なスタイルそのまま出すのは演奏の世界で言えば「カバー曲で勝負します」って事になりますね.この場合では仮に原曲と肩を並べる評価の演奏が出来たのならそれは大成功でしょう.
でもtmpのは幾つかの新しい構成内容が柱と成っている楽器達なのである種オリジナルなんです.
伝統的なのは見た目だけでね.
この場合の成功はストラディバリやグアルネリのヴァイオリンを凌ぐか肩を並べる評価が無いと成功したとは見なされないんですね.ですからとんでもな困難なチャレンジと言えるわけです.

でもね皆さん、最初から諦めたら絶対に何も起こらないんですよ.奇跡も失敗も挫折もね.
その意味では奇跡も失敗も挫折も実は皆同じなんですよ.何か起こさない限りそれらも無いんです.特に失敗と挫折程人を成長させるものは無いんですよ.
このやり方ではダメだって事が分かったら、それは別なアプローチの有効性や可能性がある事を確かめた事に成るんですよ.そこでひとつ成長してるわけです。
一度や二度ダメだったから諦めた、止めたでは、成功法を知らずして終わったってことです.多くの場合、失敗した時の解析が出来てない場合が多いですね。それじゃあダメなんです。失敗を味わった意味が死ぬんです。
なぜうまく行かなかったのか、そこに成功のヒントが隠れてるもんなんですから。

だから失敗や挫折するのが嫌だから、自分には出来そうに無い事には手を出さないって人が、人生のダイナミズムを一番味わっていない人なんですよ.自分の人生を自ら、ち~ちゃくしてる.
「生涯安泰を望むので公務員に」って、そりゃ~無いでしょ。自分って言う人間の可能性をまず捨てちゃっているわけですから。安泰なんて死ぬ間際に手に入ればいいもんでしょ。

ガンガンやりなさいよ.その代わり成功してもおかしく無いって方法を編み出してチャレンジする事です.やみくもにチャレンジだけしてコケ続けるのは 単なるおバカちゃん ですから論外.

人が何て言おうがいいじゃないですか、自分だけの人生なんですから.思いっきり生きましょう.