本当の難しさ | tmpブログ

本当の難しさ

5/30 ヨコハマ晴れ 割と涼しげ. 
が、工房内は相変わらずヒーター使用の為30度超 ( ̄_ ̄ i)

写真は平松加奈さん試奏用に用意しているヴァイオリン個体.この個体にはその他の個体と異なる重要な検証テーマが2つあります.
t.m.p製のヴァイオリン共通のスペックとして燻煙処理を別として、理想的な張力設定化したペグロケーション、そして均一な指板厚設定のWラディアス指板仕様、最小サイズのバスバー形状、限界近くまで追い込んだボディ内部削り込み設定、加えて木部の表面研磨精度などがそれですが、この個体にはあえてボディ内部の削り込みとバスバーの削り込みを行なっていないのです.また内部の表面仕上げも既存程度の粗さにしたままです。(ツルツルに研磨していないと言う意味)

丁度ワタクシの作業での内部仕上がりを100とした場合、殆どの既存ヴァイオリンの内部仕上げは70以下です.バスバー・サイズも無駄に大きなものも多いです.
しかしながら、楽器の設計/製作に於ける難しさのひとつとして、精度が高くしっかりした鳴りを示す楽器程、いい楽器/いい音だ、と判断されるとは限らないと言う点が上げられます.

長い間エレキ関係の仕事で楽器の開発のみならず、同時にアーティスト・リレーションとして数多くのプレイヤーと接して分かった事のひとつに先ほどの点と同じ事が上げられるのです.

分かり易い例として、フェンダー・ベースの70's仕様のJB/PBを好んで演奏するプレイヤーが存在しますが[例:美久月氏や松原(秀)氏など]彼らの楽器をよりクオリティを上げようとするのは安易に行なえないんです.
これはフェンダー社は70'Sから社の経営陣が変わり60'Sのフェンダー社とは別会社かと思われる程、製品の生産量や工程内容が変化しました.早い話が完全に量産メーカーに移行したわけです.

その結果、フェンダー社の70'sの楽器はよりネック仕込み調整が簡略化出来る様にネックプレートも3点留めが採用されたり、従来より生地研磨工程が減り、その分塗装の塗膜厚でカバーした為に塗装の厚さがぐっと増していきました.
そして塗膜が厚くなった為にネックとボディの接合部もゆとりでネックをボディに仕込める様に大きな座グリ加工が施される様になりました.
その結果、楽器がどう変化したかと申しますと、分かり易く言えば鳴りが大雑把になったんです.

そりゃそうですネックとボディの仕込み精度が落ち塗装も厚いんですからね.60'Sのp楽器の様なしっかりした鳴り方では無くなったんです.じゃあ、プレイヤーにそっぽを向かれたかと言えば、けっしてそうばかりと言えなかったんです.
基本的にネックの仕込み精度を大ざっぱに仕上げるとそこに生まれた隙間が音の重さとロングサスティーンを奪います.出にくくなっちゃうワケですね.

でも一部のプレイヤーにはその「ドーン」と言う音の重さと長さを伴う鳴りでは無く「ドンッ!」と言うアタマ鳴り主体のサウンドキャラクターが好まれたんです.例えば、「ベチッ!」といったスラップ音が出てアタマだけが前に出て余韻はすぐに減衰して消えてくれますから音に間が生まれるんです.またコンプが掛かった様な鳴り方ですので、そこにもまた魅力的に感じるプレイヤーも多いですね.加えて言うなら重すぎないサウンドであることも好まれた理由でしょう.
そんなサウンドを好む彼らの楽器を「仕込みが隙間だらけだから、塗装が厚過ぎるから」と言って直してしまったり、またしっかりした作りの楽器を彼らに与えても「何か違うんだよね」と捉えられる可能性が非常に高いんですね.この様にある種のルーズさを魅力、と感じるプレイヤーは特にロック系には多いですからね.
この様に、しっかり作り込んだ楽器がプレイヤー全員が好むとは限らないという事が事実としてあるんですね.この点が楽器作りの難しい点でもあるんです.
特にワタクシはしっかり音を作り込んで製作していくタイプの製作家ですので、あえてルーズに作れって言われても馴染め切れない感覚を正直抱きます.

今回の写真のヴァイオリンも、あえて検証の為にしっかり作り込まない既存のヴァイオリンに近いt.m.p としては異例なラフな内部の作りにしてあるのです.このラフな響きが魅力、って捉えられる可能性があるからです.
もうひとつは、このヴァイオリンのネックグリップは通常よりも2回り近く細いのです.指板自体の幅も通常の規格幅からすると左右幅で1.5ミリほど狭めてあります.

これは小柄な日本人女性が奏者の場合、従来のヴァイオリンのネックグリップや指板幅設定を変えなくていいのか?と言う点の確認の為に演奏に支障を来さない範疇で最少のコンパクトなネック仕様に仕上げてあるのです.
加奈さんも小柄と言える体格の女性奏者ですので、このヴァイオリンを弾いて「ずっとプレイがし易い」と感じるのか「あえてここまで細くする必要は無い」と感じるのか、これは実際に形にして検証するべきだと考えて、わざわざその内容設定で仕上げた個体なのです.
これらの細かなスペックに関してはご本人には殆ど知らせていません.あまり事前に情報を与えすぎると賢い試奏者がこちらに配慮した大人のコメントになる可能性があるからです.検証はあくまでシビアーでなくては意味が無いのです.

このヴァイオリンのその他の仕様はt.m.p 規格通り、Wラディアス指板/ペグロケーション/CF設定を与えています.それらの点を彼女が感覚的にどう受け止めるのか、それも確認したい点であることは勿論です.スケジュールがタイトな加奈さんですからご自宅にお送りして、暇を見てじっくり確かめて頂こうと思っています.


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