楽器診断報告 | tmpブログ

楽器診断報告

8/9 ヨコハマ時折雨が降っています。いつもより涼しく感じて楽ですねえ。

写真はチューンナップ希望の東大和市のTさんのギブソンLPカスタムです。
チューンナップするだけの価値がある個体かどうかの判断依頼です。結論から申しますと金額投資をしてチューンする対象としては残念ながらNGです。

ご本人が愛着を持たれている楽器の判断をシビアーにお伝えするのは内容が良く無い場合、決して伝える側も気持ちがよいものではありません。しかし、以前から専門的な視野からの判断をクールに伝えて来ましたのも、皆さんに量産楽器とは言え、少しでも問題の少ない楽器を手にされて欲しいからです。

そしてチューンを依頼された場合、現状がどうであるかをはっきり認識頂いた上で作業見積もりと実作業を行わなくては逆に依頼者の方に失礼になると考えての事です。

個体毎のマイナス・ポイントがどこにどれだけあり、修正するにはどんな作業を行わなくては行けないか、またマイナス程度具合では金額投入を考え直してみるべきかどうかお伝えする事もお見積もりの範疇と考えています。
作った側が、素人さんでもメーカーの工員さんでも、製作家であっても、どんなふうに作っても取りあえずも音は出ます。でもそこにクオリティの高さを求めた場合、量産品には素材として不適格な個体(作りの内容/素材クオリティ)の方が実際には多いのだと言う事も事実です。
多くの楽器が素材としてみた場合、そこそこのサウンドには持って行けますが、本当の意味での名器と呼べるレベルにまで持ち込める素材はやはり数割に過ぎません。その点だけは前もってご了承頂くほか無いのです。

話をこの個体に戻しますと、まずこのモデルは見た目はレスポール・カスタムですが、実際の設定はオリジナルとは異なり、新しい設定のオリジナルな内容と言えるものです。
まず、ラージヘッド構造の場合、浅いヘッド角で不足する弦長力設定を横方向の張力で補う為に結果的にヘッドは横広がりの構造に成ります。それがラージヘッドと呼ばれるモノです。
この個体も見た通りラージヘッド設定なんですがヘッド角は17度のスモールヘッド設定なんです。

その意味で、うっ、ううん??? なんで?ってことなんです。この時点で定番のギブソン・レスポールカスタムのオリジナル・サウンドとは異なってしまうんですね。じゃあ17度時のペグロケーションに変更すれば?って思うでしょうが、ご覧の通り17度設定時のペグロケーションを行った場合、ペグの位置は中寄りに移動されますので、各ノブの突出と大きなヘッド面との兼ね合いで問題が出てしまいます。当然ルックスだっておかしな事に成ります。

更にヘッド角の変更を行う事も勿論可能ですが、その場合かなり高額な修正作業となります。一旦ヘッド塗装を全て落としペグ穴も全て埋木。次にはヘッド上面に接ぎ木を行ってから14度に角度変更した上で裏面もリンクさせた角度で再加工を行い、その状態からヘッドの形状加工とセルバインディングを行い直し、ペグロケーションも再設定させ、木部加工が全て済んだら今度は塗装作業と成る訳です。
以上、この作業だけでおよそ12万程は掛かります。

この個体にそれすらお薦め出来ない理由が更にあります。すでにネックヘッドからネック本体がねじれてしまっていることです。ヘッドだけでしたらまだ行う価値もあるのですがネック本体から捩じれが生じていますので、これを修正するには大幅に指板修正する必要がありますが、指板自体が偏った厚さで修正される事になりますので避けるべきです。理想は指板を接がして、マホネック本体の削り修正を行い、その上で再度指板接合を行うべきですが、ここ数十年はきれいに指板を接がせる様な接着剤が使用されていませんから接がすことは諦めた方がいいのです。


こうした内容は依頼者ご本人だけでなく、これをお読みの皆さんにも完成度の高い楽器の設計/製作が簡単なことでは無い事を知って頂く為にあえてお伝えしています。ワタクシにしても単に商売と考えるのであれば適当な内容での作業受けをして代金を頂戴することだって可能ですし、こんな長文な解説を無料で行う様なことは金儲けならわざわざ行ったりしないでしょう。止めた方がいいですよって言ってるワケですからね。

基本、作業受け時点でベストに持って行けない可能性の高い作業はなるべく受けたく無いというのが本心であります。

以上の理由から依頼者の愛着の有る無しを無視した場合、この個体は処分されて新たに良い素材のカスタムを入手された上でチューンナップのご依頼を頂く方が賢明であろうと今回判断させて頂きました。

Tさんには熟考の上、ご連絡を頂きたいと思います。お待ちしています。
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