「好きでいることとリスペクトすることは違うんだよ」ってあさみさんが教えてくれた。

すべての人を好きになることなんて出来ないんだからねって。



私、すべての人から好かれることはないって知ってたけど、でも、無意識にすべての人を好きでいたいって思ってた。
だってそれって美しい世界だと思いませんか?


でも、実は嫌な事や嫌な人はたくさんいる。
明らかに嫌な場合は、明らかに嫌なんだけど、そうじゃない場合に、嫌だなって思うことに躊躇があった。

私の心が狭いかも
私の偏見かも
誤解かも
単なる嫉妬?…ってふうに。


つまり自分の感情をちゃんと受け止めないで、なかったことにしたり、理屈でねじ伏せて消化したふりしてたかもしれない。

これ要らないんですね。
なんか嫌い。
なんか嫌。

それでいい。それが今の私。
私はそう感じた。


そっかぁ。ともこはなんか嫌なんだねー。
じゃあ仕方ないね。
やるのやめようか。
会うのやめようか。
それでも大丈夫よ、と受け入れる。


その奥に、私の鏡さんたちがくれてるヒントやメッセージがある。それは、嫌を感じ切ったらちゃんと来るから、慌ててそっちに行かないで良いんだと思う。
慌ててそっち行こうとすると、ちゃんと受け止めてもらえずにコントロールされちゃった感情が暴走する。感情が暴走した時、私は無気力になります。もし今無気力な人がいたら、その人は本当の自分の声を聞かないようにしてるからかもよ。




相手を好きにならなくてもリスペクトすることはできる。
相手がそのままの自分でいることを尊重する。
そっか、あなたは今そう言いたいんだね。
そういう気分なんだね。
いいよ、あなたの自由だよ。

好きでいたいから、どうにか手伝ってあげたい、もっと良くなってほしいって、なんかコントロールが入ることがよくある。でも、それは私のエゴだから、私のもの。相手の自由に干渉する権利は私にはない。

もちろん、本当に大好きな人にはそんなふうには割り切れないかもだけど、どんなに大切な人でも相手の自由は大事にしてあげれる私でいたいな。

好きになる必要はないから、「この人なんでこんな残念なんだろう?どうしてあげたらいいの?」ってもう思わなくなる。そしたら私の人間関係がちょっと軽くなる気がする。