とってもびっくりしたのだけど
今ここ以外は存在しないってことが身をもって分かった。
事実をつなぎ合わせることでストーリーが出来上がってた。
でもそれは事実というより過去の出来事を妄想力を使いながら解釈してただけだった。
みんな言ってた。「ともこ大変だったね」「ともこ怒った方がいいよ」って。アメリカ人やコートジボワール人もそう言ってた。
でも私と私にとっての「みんな」の外には全然違うストーリーが存在してた!
あちらの見方では怒るべきことなんて何も存在してなかった。
私が大変だって思ってた事実は、あちら側には存在してなかった。
私がこれまでに築きあげてきた先入観やものの見方がそうさせただけで
別の捉え方はいっくらでもあるんだって分かった。
何だったの???
しんどい気持ちになってたけど、一体私は何がしたかったの???何が見たかった?????
そう。私はおそらく自分の先入観のパターンを知りたかった。
そして知れた笑。
みんなそれぞれに、一つの事実を共有しながらも違う体験をしてる。
同じ空間で時間と出来事をシェアしながら別々の体験をしてる。
そうだとしたら、
相手の心の中で何が起きてるのか想像するのは意味がない。
本人に訊かないと分からないし
もし本人に訊けないなら
その時は自分の声を聞けば良い
自分の声がみんなにとっての本当を導いてくれる
気持ちよい深呼吸をして
気の向くままに行動しよう
結局のところ今ここにいる自分しか存在しないのだ。