何とも言えない分離感、喪失感、悲しさ、心許なさが消えません。こういうしんどい気持ちは、その根っこに何があるのか掴めたらすっと消えていくはずなのに、いくら根っこを探っても消えてくれません。もうこうなったらどっぷり浸ってやると、思っていることをノートに書きまくりました。
それに飽きてきて、前に読んだ本田健・バシャールの「未来は、えらべる!」を読み返しました。そしたら一度目には目に留まらなかった言葉がたくさん。
(以下引用)
「ネガティブな観念は、みなさんを何とかだましたいと思っています。なぜなら、ずっとその観念を持ち続けてもらいたいからです。
ですから、トリックをかけて、理論的におかしい主張を何となく正しいように思わせてしまうのです。」
「いやなことにぶつかったときの反応で、真実の自分にふさわしくない観念をまだ持っているかどうか判明するのです。
そのとき、以前と同じ反応をしているのであれば、それは、「まだ自分が見つけ出して変えていない観念がある」という証明になります。
だから多くの場合、みなさんは、まだ気づいていない観念を自分に気づかせるためにそのような状況を引き寄せます。」
ちょっと落ち着きました。頭で納得しました。すべては私次第だから、私が変わればすべて変わると。でも、その後も頭の中の独り言は同じ。彼さえ変わってくれればまた一緒にやってけるのに、そうすれば無条件の愛の存在を証明出来るのに…と、分離感や喪失感を感じていました。
今の私に何が起きているのかクロノロジカルに書き出してみることにしました。そうしたら、2月上旬の気付き・変化に対する逆戻りの反動が起きているのだと思いました。
そこで、瞑想中心のヨガの先生に相談のメールをしました。いつもそうなのですが、非常にタイミングよく今日はその瞑想中心のヨガの日なのでした。
そしてヨガに行ってきました。先生は私の相談にがっつり取り組んで下さいました。久しぶりに脳のおしゃべりが止まり、心が穏やかに安らぐことができました。
先生によると、これはやはり変化のプロセスで生じる混乱だそうです。そもそも潜在意識は現状維持を求めるから、変化が起きることに抵抗する。新しいお家に引っ越して馴染むまで、前の家から切り離された喪失感・分離感を感じるのと同じである。こういう混乱が表面で起きている時には、水面下では最適な解決方法がちゃんと考えられていて、ある時「あれ?」というふうに抜け出せる。その時までじっと待つのがいいそうです。
そして、一度気付きが起きたら逆戻りすることはあり得ないそうです。古い自分に逆戻りしたように感じるのは次の課題に直面しているということ。そういう課題が何層にも重なっているけど、一枚ずつクリアして層が薄くなっていくにつれ、心の底から放たれる光がちゃんと見えてきて、そうするともう迷わなくなるって。
そして、心の底から放たれる光、心の声を聞くには、瞑想がおすすめだそうです。
瞑想をすると頭の周波数が変わってきて、静かになってきて、本質が見えやすくなるそうです。
私の課題はバームクーヘンのように分厚くていくら剥がしてもまだまだ続く気がしますが、それでも先生の話を聞いてとても安心したし、一枚ずつ剥がす心の準備ができました。
神様は、私がこの混乱と向き合うためのサポーターを用意してくれていたと感謝感謝です。
私はまだ私の人生を本当の意味で生きられていないと思います。でも、これからちょっとずつ自分の人生を切り開いて、キラッキラに輝きたいと思います。
2月16日に私が書いたことですが、すっかり忘れていたので再確認します。
「寂しいと感じた時に、そんな自分をジャッジしないようにしよう。そして、自己評価を下げて相手の気を魅かなくても、私は十分愛される資格があると認めよう。心に空洞が感じられる時にも、無理にそれを埋めようとして誰かを求めたり、お酒や食べ物を求めたりしないで、心の空洞を抱きしめられる人になりたい。」