時間の使い方に関する考察引き続きです.

気がついたことは,私は自由だってこと.
過去の自分からも,未来の自分からも自由です.
誰の評価からも自由です.
私がどう感じ,どう考え,どう行動するかは,全部全部私の自由なのです.

このことを忘れると,窮屈になります.
窮屈になると,エゴが制御不能な暴れ方をし始めます.
そのことに気付いたので,今日はいつもよりも気持ちよく過ごせた気がします.

「自由」って,いつも使う言葉ですが,分解すると「自らの由」です.

ネットの辞書で検索すると,由には以下のような意味があるそうです.(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/227493/m0u/)

よし【由/▽因】
《動詞「寄す」の名詞化で、物事と関係づけていくことの意》
1 物事が起こった理由。わけ。また、いわれ。来歴。由緒(ゆいしょ)。「事の―を伝える」「―ありげな寺院」
2 そうするための方法。手段。手だて。また、かこつける方法。口実。「知る―もない」「会う―もない」
3 物事の内容。事の趣旨。むね。「この―をお伝えください」
4 伝え聞いた事情。間接的に聞き知ったこと。「御病気の―承りました」
5 それらしく見せかけること。体裁をつくること。また、表面にあらわれたようす。体裁。格好。
「所々うちおぼめき、よく知らぬ―して」〈徒然・七三〉
6 風情。趣。また、教養。

つまり,自由とは,何でもいいなんていう意味では決してなく,自分なりに理由があることですね.

そのまんまですけど,改めて気付くと得心がいきました.