チャレンジ!ベトナム株~マネーベトナム社長日記 -2ページ目

チャレンジ!ベトナム株~マネーベトナム社長日記

ベトナム株の情報サイト「マネーベトナム」を主宰している宇都宮滋一のベトナム株日記です。公式サイトでは書けない本音やニュースの裏側をお伝えします。

ヤンゴン市内の様子です。

私の住んでいるベトナム(ホーチミン市)とは大違いなことが1点、あります。

なんだか、わかりますか?

ヤンゴン市内

じつは、ここヤンゴンではバイクが走っていません。ホーチミンでは、バイクの大群がうじゃうじゃ、走ってます。
不思議に思って通訳の元留学生に聞いてみると、「以前、暴走バイクが軍の幹部の車の走行を邪魔したため、怒った幹部がバイク禁止にした」とのことです。事実かどうかはわかりませんが、まあ、そんなことがあったのかもしれませんね。

それにしても、バイクがいないと、道路がすっきりしているし、歩きやすいし、(クラクションなどで)うるさくないし、いや~、いいですね。「暴走バイク、ありがとう」って感じですね。

ただし、バイク禁止はヤンゴンだけらしいですけど。

市民の足は、バスです。料金は100チャット~500チャットくらい(10円~50円くらい)。

バス


夕方は、ご覧のとおりのすし詰め状態。ちょっと危険ですね。


ヤンゴン訪問のさなか、まったくの偶然ですが、ミャンマー初(?)のモーターショーを見学することができました。

モーターショー

会場に着いたとたん、目に入った美人コンパニオンの姿。
カメラ小僧になった気分でパチリ、またパチリ…。

モーターショー2


どうしてモーターショーの会場に来たかというと、通訳してくれた元留学生が中古車の販売ビジネスを始めていて、彼の会社もブースを出していたからです。

びっくりしましたが、日本の中古車がものすごい人気なのです。
10年前のもので、330万円くらいしていました(ミャンマーでは関税が165%)。

ミャンマーというと、アセアンの最貧国というイメージでしたが、高級中古車のブースには、ヤンゴンから、そして地方からやってきた人々が詰めかけ、人だかりが出来てました。元留学生のブースでも1日で4台も売れたそうでした。

熱狂の中古車ビジネスという感じ。

欧米の経済制裁が解かれれば、6000万人の消費市場が動き出しますね。



AGD BANK(Asia Green Development Bank Limited)という民間銀行を訪問しました。

面談したのは、Thet Lwin Shweさん(Managing Director)。

同行は2010年8月に設立されたばかりですが、すでにミャンマーを代表する銀行に成長しているようです。三井住友銀行が3か月前から数回、接触してきていると言っていました。

資本金:300億チャット(約4000万ドル)
預金量:2000億チャット(約2億8000万ドル)
店舗:13店

(*なお、チャットとはミャンマーの現地通貨です。だいたい1円が10チャット前後でしたね)

ミャンマー政府は「貧困層の撲滅」を政策課題にあげており、同行ではマイクロファイナンス(1家族に3万チャット融資する)も始めているそうです。

(下の写真=右が Thet Lwin Shweさん )




2012年1月19日~24日までミャンマー(の最大の都市ヤンゴン)に行ってきました。
ベトナム航空の貯まったマイルの期限が1月中だったので、どこかに行こうと思っていたところ、年末にうちの社員さんがミャンマーに行ってよかったと言っていたので、ミャンマー行きに決めました。

ミャンマーは、ご承知のように、軍事政権下での民主化運動の弾圧で国際的な非難を浴び、欧米から経済制裁を受けています。そのため、いまではアセアンで最貧国と言われます。10年前にはベトナムと同じ経済規模を誇っていましたが、いまや1人当たりGDPはベトナムの半分足らず(ベトナム1200ドル、ミャンマー700ドル)。

でも、ここ1年ほどの民主化の進展から経済制裁が解除される寸前とみられ、人口6000万人の「最後の巨大フロンティアの目覚め」が期待されていることから、世界各国からの視察が相次いでいます。

私も、ミャンマーではどんなビジネスチャンスがあるんだろうか?と考えつつ、空路、ホーチミンからヤンゴンに向かいました。(写真はヤンゴン国際空港)

ヤンゴン空港

(つづく)
ホーチミンに戻ってきて、このブログを書いている。
急用があって、日本に一時帰国したのは3月9日の朝。12日朝のJAL便でホーチミンに戻る予定だった。
大地震当時、私は巣鴨(娘2人が住んでいる)にいた。
そこから長い2日間(37時間)が始まるとは思ってなかった。

**********************************
3月11日(金)14:46
「あれっ、めまいがするな」
巣鴨駅前の書店(路面店)で、ホーチミンに持って帰る本を何冊か選んでいるときだった。本のタイトルが揺れて、よく見えない。「めまい」ではなく、本棚が揺れていたのだ。まもなく収まるとたかをくくっていたが、揺れは激しくなる一方。書店の店員さんの「危ないから店の外に出て!」という避難誘導で、全員、店外へ。地面が波打っているのがわかる。
私たちがいたのは、巣鴨駅のロータリー付近(タクシー乗り場などがある)。1年ほど前に出来た駅ビルからも客、店員が外に出てきた。
駅ビルの向かい側に建築中のビル(7、8階建てくらいか?)があるが、そのビルがグラン、グランと揺れている。「崩壊するかも!!」。
ビルが揺れているのを目の当たりにしたのは、生まれて初めてだった。さいわい、ロータリーが広いので、万が一、崩壊しても命の危険はないだろう、と思った。

何分くらい、ここにいただろうか。
娘が心配だったので、娘の自宅に行こうとしたら、余震が続いた。白山通り沿いの10階建てのペンシルビル(1階がソフトバンクショップ)が揺れているのを、なんども見た。
さいわい、娘は無事だった。テレビのニュースをみて状況を把握しているようだった。

同 15:30~
私はインターネットがつながる喫茶店に移動し、しばらくここで情報収集しながら待機することにした。電車が動かないので、喫茶店もしばらくすると、帰宅できない人たちでごったがえしてきた。

***********************************
同 18:30~
夜になって、食事に困った。
よく行く定食屋さん(大戸屋)は、地震の影響で休業。まわりの店も同じだった。たまにあいている店があると、そこは長い行列ができている。

同 19:30~
どうしよう?と思ったとき、目に入ったのがカラオケ店だった。
「ああ、そうだ、カラオケ店にも食べるものがあるな」
ピザ1枚、注文して、まもなくここを出た。
というのも、ルームは地下にあり、出入りに不便なところ。ルームにいる間に、余震が数回起こり、そのたびに扉をあけて外に出た。ここに長居するのは危険だ、と思った。

***********************************
同 21:30~
「満室となります」
近くのインターネットカフェで夜明かししようとしたら、断られた。
翌日のフライトが朝9:30だったので、徹夜で仕事をして、朝5時ごろの始発で巣鴨から上野に移動しようと考えていたのだ。
仕方ないなあ…、とりあえず上野まで行って夜明かしするかあ…。
そう考え直して、巣鴨駅前のタクシー乗り場の行列に並んだ。寒い。夜になって冷え込んできた。ところが、タクシーが全然、来ない。

同 22:30~
ついにしびれをきらして、私は千石方面に向かった。白山通りと不忍通りの交差点のところならタクシーをひろえるんじゃないか、と思ったからだ。スーツケースをガラガラ引っ張りながら、移動した。
だが、ここでもタクシーは一台も来ない。

同 23:30~ 
そのとき、目に入ったのが「デニーズ」のネオンだった。「24時間営業」である。
「ここで、朝まで休める」と喜んで店に入ったのもつかの間、「本日は地震の影響で食材がなくなり、午前1時オーダーストップ、午前2時閉店といたします」と店長さん。
それでも、2時間ほど休めたので、助かった。

***********************************
3月12日(土)1:30~
日付が変わった。
デニーズを出て、再び、巣鴨のタクシー乗り場へ。待っているのは5人しかいない。これなら、そのうち乗れると思ったが、無常にも1台も来ない。寒い。

同 2:00~
しびれをきらして、再び、千石方面へトボトボ歩いていると、客を降ろしているタクシーに遭遇、ついに乗ることができた。
「タクシーが来ない? そりゃ、そうですよ。どこも渋滞です。どこかへ行ったら、戻ってこれないんですから。稼ぎ時? いえいえ、普通の金曜日のほうが稼げますよ」と運転手さん。「地震のとき、この車に乗ってましたけど、怖かったですね。ハンドルもブレーキも効かないんだから。これまでの人生で経験したことのない大地震ですよ」
おしゃべり好きな運転手さんとしばらく雑談したのち、上野で降りた。が、寒さをしのげる場所がない。インターネットカフェやカラオケ店などもどこも満室。

同 3:00~
やむなく、京成上野駅につながる地下道に降りていくと…。
そこには、「帰宅難民」の人たちでいっぱいだった。どこからか支給されたのか、みなさん、同じような毛布をかぶっている。私も、その一角に腰を下ろし、夜が明けるのを待った。

同 5:00~
急にざわついてきた。みな、立ち上がっている。どうやら、京成線の始発の時間らしい。私も列の後ろに並んだ。「どうなっているのかしらね。説明くらい、するでしょ?」

同 5:50
京成上野駅の駅員がはじめて状況を説明する。
それによると、成田空港まで行くスカイライナーは運航できない(途中の駅間で、通行できないところがあると報告を受けている)とのことだった。
成田空港へ行く方法は次の3つだ。
京成(スカイライナーなど)
JR(成田エクスプレスなど)
リムジンバス

JRは午前7時をめどに運転すると聞いたので、歩いて東京駅に向かった。

同 7:00~
JR東京駅に到着した。午前8時をメドに運航開始するという。よかったと思ったが、「成田エクスプレスは動きません」。ええっ??
駅員さんに「成田空港までは行けないの?」と聞くと、「無理です」。

同 7:30~
最後に残った方法はバスだ。一縷の望みをかけて、東京駅のリムジンバス乗り場へ。
だが、午前中運休の張り紙があった。ここもダメかあ~。
スタッフの人がいて、「高速道路が通行止めなんですよ。バスもタクシーも、たぶん、きょうは無理でしょうね。航空会社の飛行機もきのうは成田に着陸しなかったらしく、きょうのフライトが予定通りかどうかわからないです」と教えてくれた。
京成も、JRも、バス(タクシー)もダメ。これじゃ、成田空港まで行けないじゃないか。フライト時間は9:30なのに…。
しょうがない、きょうはどこかビジネスホテルに泊まるしかないか。このスタッフの人に「どこか近くにビジネスホテルはないですか?」と聞いてみると、「近くのホテルは、もう満杯です」。

同 8:00~
しばらく歩いて、喫茶店を見つけたので、そこに入る。サンドイッチで腹ごしらえ。

同 9:30~
茅場町まで歩くと、ビジネスホテルがあった。
もうクタクタだ。リュックを背負っている腰が痛い、スーツケースを持っている腕も痛い。
ありがたいことに空き室があるというが、チェックインできるのは午後3時だという。
スーツケースを預かってもらって、それまで時間をつぶすことにする。

同 11:30~
巣鴨のインターネットカフェに到着(顔なじみなので、入りやすい)。とにかく情報がないので、ネットで鉄道、バスなどの運行状況などを調べる。
JALのフライト情報を見ると、私が搭乗するはずだった便は運休していない。1時間半遅れ(午前10時半)で出発している。いったい、だれが、どうやって成田空港まで行けたのだろうか? 問い合わせの電話番号をみつけたが、何度かけてもJALにもJRにもつながらない。

同 13:30~
JRの運行状況を見ていると、成田~銚子は運休だが、成田空港へのアクセスがどうなっているのか、わからなかった。もしかすると、成田エクスプレスは動いているのかもしれないと思って、巣鴨駅の駅員さんに尋ねてみると、「成田エクスプレス? はい、動いてます。成田空港まで行けますよ」との返事だった。

同 14:00~
慌てて、茅場町のホテルへ戻る。
事情を説明してキャンセルしたいと言うと、「こういう状況ですから、いいですよ」。当日キャンセルだから宿泊代を払わないといけないはずなのに、助かった。

同 14:20ごろ
東京駅へ。
改札をくぐり、成田空港行きのホームへ。だが、若い駅員さんは「成田エクスプレスは運休です。たぶん、きょうは無理じゃないでしょうか」。ええっ?? ホテルもキャンセルしてきたのに…。
成田空港まで行く方法はないんですか?と重ねて質問すると、「千葉から佐倉、成田と乗り継ぎできるかも」と教えてくれた。
ええい! 行けるとこまで行ってみようじゃないか。
千葉行きの急行に飛び乗った。

同 15:00ごろ
千葉に到着。

同 15:40ごろ
佐倉に到着

同 16:20ごろ
成田に到着。成田空港まであともう少しだ。だが、成田空港行きは1時間ぐらい後になると放送があった。タクシー乗り場は、長い列ができている。しかし、きょうもタクシーは来ない。列車を待つしかない。

同 17:31
成田エクスプレスだ! 15両編成。ついに動いたんだ。
空港第一ターミナルに向かった。
選択肢は2つ。
JAL 17:55発
ANA 18:20発

しかし、JALには間に合いそうにない。ANAならギリギリ、どうか。

同 17:55
ANA(第一ターミナル)の出発カウンターについた。ここで事情を説明するが、ANAの担当者からは「18:20発が出発するかどうか不明。新規の顧客は乗せない方針。仮に乗せるとしても、その場合は正規料金27万円が必要」と聞かされる。私がよほど落胆した素振りだったのか、ANAの担当者もとても気の毒そうな顔をしていた。
「ここまで来たけど、無駄だったか」。

同 18:30
どうせ、ダメだろうけど、JALに相談してみようと思った。第2ターミナル行きのバスに乗る。
ベトナム航空のカウンターにいたJALの人に相談してみた。
若い女性のスタッフだった。この人がとても親切だった。
カウンターから飛び出して、「上司に聞いてきます」。そして、「宇都宮さま、17:55発はまだ出発していないので、乗れます」と教えてくれたのだ。
空席待ちで手続きをすればいいとのことだったが、しばらくすると、アナウンスが聞こえてくる。どこかへ来てくれ、と言っているらしいが、わからない。さっきの女性スタッフのところに戻って、もう一度、手伝ってもらう。
すぐに搭乗カウンターで搭乗手続きが始まった。荷物も預けた。

同 18:55
これで乗れる!とホッとしたが、航空券には搭乗時刻が18:40と書いてある。
しかし、今は18:55分だ。ぬか喜びなのか?
走った。出国審査をへて、搭乗ゲートへ急ぐ。

同 19:10
搭乗ゲートに到着した。乗客の搭乗が始まっているところだった。座席に腰を降ろしても、出発するまでは何があるかわからないと不安だった。

同 20:00
最後の18人の団体客の搭乗を待って出発した。離陸した瞬間、「ああ、やっと家に帰れるんだ」とホッとした思いがこみ上げてきた。なんども諦めかけたけれど、諦めないでよかったとも思った。

3月13日(日) 0:30ごろ(日本時間2:30)
ホーチミン・タンソンニャット国際空港到着。

同 1:30ごろ(同 3:30)
自宅に到着。無事に着けたのが奇跡のように感じた。

***********************************

これが、大地震にあったあとの私の体験である。
自分では、大変な思いをしたと思っていたが、帰国後、NHKニュースなどでさまざまな情報を知るにつけ、私の苦労など、取るに足りないものであったことを知る。
未曽有の大惨事、日本はいったいどうなってしまうのだろうか。












来年1月11日にスタートするラオス株式市場。
現地から、たった今、ホットニュースが入ってきました。
ご興味のある方は、メール等でご連絡ください。

ベトナム株に続いて、スリランカ株の情報配信(日本語)を始めました。

日本人投資家にとっては、ほとんどなじみのないコロンボ証券取引所ですが、なんと、このマーケット、この1年半で3.5倍に急騰しているのです。

昨年5月の内戦終結後、スリランカ国民や投資家のセンチメントは、社会治安の維持や経済復興に対する期待感へと劇的に変化しました。そして、マーケットに大挙して資金が流入してきたのです。
世界のホットマネーがもっとも注目している場所、と言ってもいいでしょう。

この流れに乗るか、乗り遅れるか。

「マネースリランカ」もひとつの参考メディアとしてご活用ください。


本日、50歳になりました。
社員たちからはFacebookを通じて「おめでとう」とメッセージをもらったけど、別にうれしくはないよね。
いろんなところにガタがきてるし。

「50歳」とは、論語によれば、「天命」を知る年。
私の「天命」とは、はたしてなんなのか。