手術 | 干物母の日常と娘服←

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はじめまして(▰˘◡˘▰)
自分の事や子供達の事を
書いていきたいと思います。

手術当日。
二番手で15時30分から四時間半くらいと
言われていました。
前日0時から絶食、当日11時から絶飲食で
空腹でお腹空いたお腹空いたと
ひたすら呟いていました。笑
旦那、母、妹が来てくれました。
一緒に手術室の前まで行き、そこでさようなら。
手術室に入ったら何個も手術室があり
私は11の部屋でした。
そこでまずオペナースから色々確認があり、
「先生に右か左の印つけてもらった?」と聞かれ
担当医は手が離せず別の先生が
私の右腎臓あたりに「右」と書いてくれて
私はこれが普通だと思ったら普通は
右なんて書かないらしく←
ひょうきんな先生ならではとのこと。笑
油性マジックだけど消えるからねって
励まされ手術台に上がりました。
そこで担当医こんにちは!
手術の準備が始まり、いよいよだなーと
想いながら不思議と緊張感や不安は
ありませんでした。とりあえず空腹感。笑
担当医から「今日はお子さんどうしてるの?」と
言われ子供達の話をして麻酔開始。
私を和ませようと担当医の配慮だったのでしょう。
麻酔は三回深呼吸をしたところで
意識がなくなり起きたらlCUに居ました。
目が覚め、旦那達が何やら喋っていて
あー終わったんだ。とうっすら思った記憶が。
石は思ったより小さく小梅サイズだったよ。と
石が入った容器をカラカラ鳴らしていました。
結局この容器は行方不明で
私が石を見ることなく回収された様です。
そしていきなり寒気が襲い全身震えました。
電気毛布をしてもらい就寝。
次は熱が出て暑くて暑くて氷枕と薄いタオルケット一枚にしてもらいました。
結局はうつらうつらであまり寝れませんでした。
朝の六時です。と言われ
まだ六時??遅いーでした。
何度か嘔吐。これがまた傷口が痛い。
お水を飲み嘔吐。朝ご飯がきましたが
全粥のはずが何故か謎の食パンにバナナ。笑
食べれない。と思い食べなかったです。
とにかく痛くて何もできず、管だらけな上
傷口が腹筋あたりなので身動き取れず
大変でした。
看護師さんが体を拭いてくれ着替えましたが 
何をするにも激痛で辛かったー。
そして謎にLLのパジャマを着せられました。笑笑
そしてベットのまま病室へ帰りました。
痛すぎて低地が決まらず辛かったー。
しかし昼からはバナナを食べたり痛いなりに
起き上がれるようになったり
朝はこのままどうなるんだ?と不安でしたが
人間の治癒力はすごいなあと実感しました。
そして私自身、傷口や手術の傷跡など苦手なので
母や妹の手術の傷跡も見れずでしたが
私自身はLLの成人男性用を何故か着せられましたので見たくなくとも傷口が見えてしまい 
絶句でした。笑
その日の夕方、病棟を歩こう。と言われ
歩きましたが痛すぎて態勢がおかしく
泌尿器科に若い子は珍しいので←もう30手前ですが泌尿器科では私以外はお年寄りばかりでした。
とりあえず歩けば目立つ。みたいな状態で
私が歩けば誰かが声をかけてくれました。笑
夜に少し母が来てくれ一緒に歩きました。
とりあえず一周だけでも疲れてしまい
傷口も尿管ドレーンも管全部が痛くて不快で
その日は痛み止めと睡眠導入剤をいただき
寝れました。
入院中は睡眠導入剤がないと寝れなかったです。
立つのも一苦労。歯磨きもフラフラで
なにより全粥が、病院食が口に合わず
傷口も胃のあたりに1箇所あるからか
少し食べたら傷口が痛み食べれず、
そして術後は普段そんなにでない咳が
頻繁に出て、咳のたびに痛みで辛かったです。