来歴[編集]
セレッソ大阪下部組織からの生え抜きで、ユース時代は世界を経験し日本の将来を担うと期待された選手。しかし、トップチームではウェイトオーバーなど自己管理不足が原因でわずか2年で解雇された。
2005年から移籍したロッソ熊本では、1年目から守備の要として活躍を見せJFL昇格に貢献、自身もKyuリーグMVPを受賞クラークス ナタリー た。
翌シーズンも活躍を続けたがシーズン終盤に怪我で離脱するとクラブも失速しJ2参入を逃した。怪我からの復帰に約1年を要し、2007年シーズンの後半はディフェンスのバックアッパーとして複数のポジションをこなし前年に果たせなかったJ2参入に貢献した。
J2参入後は怪我で離脱する時期はあったがクラブのディフェンスの中心選手として活躍している。
2010年のJ2第5節(草津戦)でのロングシュートが、スカパーにおけるJ2月刊最優秀ゴールとなった。
2013年シーズン終了後、9年間所属した熊本からの退団が発表された[1]。これにより、ロッソ熊本発足時からのメンバーは全選手がクラブを去ったことになった。
2014年、ガイナーレ鳥取へ移籍[2]。