ナイキジョーダン-アンドリュー-バイナム3 | ブーツ timberlandのブログ

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2年目となる2006-2007シーズンにはプレイタイムも増え、53試合で先発に起用されるようになった。2007年12月25日にはキャリアハイの28得点を挙げた。このシーズンからオフにかけて、成績が低迷していたレイカーズの大黒柱であるコービー-ブライアントはチームに対して頻繁に補強を要求するようになった。レイカーズは大物選手獲得のため幾つかのチームと交渉の席を持ったが、バイナムをトレード要員にあげる交渉相手の条件をレイカーズ側の首脳陣は断固拒否した。またレイカーズはバイナムのコーチとして往年の名センターカリーム-アブドゥル-ジャバーを招聘している。

3年目の2007-2008シーズン、バイナムは開幕から先発に起用され、平均二桁の得点と二桁近いリバウンドを記録するなど成長と好調を印象づけた。レイカーズもやっと成績を向上させ、コービー-ブライアントをいつも怒らせていた成績の低迷を脱したかに見えた。しかし、1月に行われた試合中にバイナムは膝の靱帯を断裂し、以後長期の欠場を余儀なくされてしまう。バイナム欠場で再度の低迷が避けられなくなったと感じたレイカーズ首脳陣はシーズン中に大規模なトレードを敢行し、パウ-ガソルを獲得。バイナムがシーズン終盤に復帰できればバイナムとガソルという二人のセブンフッター(身長213cm)による近年まれにみる強力な布陣の完成が期待されたが、バイナムはその後再度の手術による治療を余儀なくされ、結局そのシーズンおよびプレーオフ中には復帰することはできなかった。レイカーズはその年はNBAファイナルまで進出したが、決勝戦で敗れ、優勝を逃してしまう。