2026.7.15(水)~7.22(水)
秋田中部旅行
7月15日午後に出発し、7月22日昼に自宅に帰って来た秋田中部旅行。
キャンプ場に泊ったり、道の駅やサービスエリアで車中泊したり、
宿に泊ったりと色んな宿泊をした旅行でした。
AIと相談しながら行程を考えてみましたが、時間配分を信じ切ってしまい
失敗。その為、行きたかった乳頭温泉に行けずじまいで残念です・・・泣
AIを上手く使えなかった私が悪かったと反省しました。
2回目の秋田旅行ですが、まだまだ行けなかった場所も多く、
近い内にまた訪れたい魅力的な秋田県の旅行備忘録。
よろしければお付き合い下さい。
7月19日(日)5日目
5日目は、男鹿半島へ向かう日。
秋田県での最終日に「土崎港曳山まつり」を見る予定なので
その予習で「土崎みなと歴史伝承館」にも行きました。
男鹿半島をグルっとドライブも。
8:40 秋田城跡
「秋田城跡歴史資料館」からは、連絡橋を渡り「秋田城跡史跡公園」へ。
まずは、「政庁正殿跡」
ここは、秋田城跡で最も重要な場所です。
大きく分けて6期の変遷があることが発掘調査によってわかっているらしい。
模型は3期分のものが展示されていました。
↑第1期
↑第2期
↑第3期(間違い探しをしている気分 笑)
城内東西大路
政庁から外郭東門に至り、外郭外側までほぼ真っすぐに延びていた道です。
固く締まった道路面や、素掘りの溝である側溝などが発掘調査で出て来たので
此処が道だと分かったこの事。
「秋田城跡歴史資料館」に詳しい説明があった「古代水洗トイレ」は、
タモリさんも見に来たようです。
秋田城跡は、日本最北の古代城柵官衙遺跡。
官衙?(かんが)
これ、読めなかったです・・・苦笑
発掘調査の結果から、創建期の築地塀には瓦が葺かれていたらしく、
瓦は律令国家の権威を示すもので、当時は壮麗な外観だったとの事。
外郭東門と築地塀は奈良時代の創建期の頃の姿を復元しているそうです。

秋田城の門は現在、東門・南門・西門が発見済。
外郭東門は平成9年復元され、奥行き2間、横幅3間の八脚門です。
そして、ブラタモリで紹介された「水洗トイレ」
大変珍しいものだそうです。
沈殿槽からは、大陸から訪れた人が使用したと思われる寄生虫が発見!!
凄いよなぁ~
内部も復元されているみたいですが、扉が開かなかった・・・残念!!
見たかったのに、何で~?原因は・・・?
もしかしてクマ?
本来なら、この史跡公園内はガイドさんに説明して貰えるみたいですが、
「クマ」の目撃情報があり休止中やった事も残念でした。
発掘調査で、奈良時代の事が今になって分かるって凄いなぁって。
めちゃくちゃ面白いって感じる私です。
ガイドさんの説明も聞きたかったし、水洗トイレの内部も見たかった。
機会があれば、リベンジしたい場所ですね。
10:45 土崎みなと歴史伝承館
「秋田城跡」の次に向かったのは「土崎みなと歴史伝承館」
11時からのお囃子の実演を見たかったので、時間を気にしながらの来館。

間に合って良かったです。
ユネスコ無形文化遺産に登録された「土崎神明社祭の曳山行事」の紹介が
メインの歴史伝承館。
毎年7月20日・21日の開催されるお祭りです。
お祭りには、7日目の秋田県滞在最終日の21日に。
その予習と「お囃子実演」を見る為に5日目に来ましたよ。
曳山実物の展示は迫力がありました。
曳山がぐるっと回って、お囃子が始まります~
聞きごたえがあり、面白かったんですが・・・
私、どうしてもお囃子の方の上にいる「ゴルゴ31」のデューク東郷が
気になってしまいました。苦笑
曳山と平和を繋げる伝承館
あかん・・・デューク東郷に撃たれそうや・・・笑
デューク東郷は「見返し人形」と言うらしい。
見返しと呼ばれる句は「曳山と平和繋げる伝承館」
(戦争関連の展示もあるので、この句なんやろうね。)
そして、見返し人形はその句を象徴する人形が設置される・・・???え?
なんで??? 苦笑 別人なん?
土崎地区の歴史と文化を伝える目的で、2018年3月に開館した施設です。
曳山まつりの展示だけでなく、秋田街道絵巻や土崎の歴史も展示。
そして、「空襲展示ホール」も。
日本最後の空襲の「土崎空襲」
空襲にあった旧日本石油秋田製油所の倉庫の一部が移築されていました。
被爆した柱に触る事も出来ます。
動画も見せて貰いました。
終戦前夜の空襲だったので、日本最後の空襲と言われています。
曳山行事の映像を見る事も出来ましたよ。
道の駅あきた港に貼ってあったポスター
伝承館のものと曳山まつりのものです。
駐車場も入館も無料なのに、充実した施設でしたよ。
面白かった~
5日目③ 秋田中部旅行 に続く































































