2025.9.11~9.17
山形・芋煮会フェスティバルと蔵王温泉
キャンピングカー旅行
2025年9月に7泊7日(車中3泊・キャンプ1泊・宿2泊)で、山形旅行。
キャンピングカーで行きました。
9月12日(金) 2日目
6:05 道の駅米沢 発
6:15 米沢温泉・平安の湯
8:45 ガスト米沢店
10:15 上杉神社
松が岬公園内を散策します。

車は、無料の「松が岬おまつり広場駐車場」に。
公園の入口には「上杉鷹山公」の座像。
松岬神社もあります。
松岬神社は上杉神社の摂社で、1902年に米沢城址に建立されました。
元々は上杉神社に祀られていた上杉鷹山を分祀するために建立された神社。
そして、上杉鷹山の伝国の辞の石碑。
鷹山が家督を譲るにあたり藩主として国を治める心得を3か条にまとめて
次の藩主治広に伝授したもの。
鷹山の政治理念を表していて、歴代藩主はこれを代々伝えていったので
「伝国の辞」と呼ぶようになったそうです。
1923年に上杉景勝が合祀、1938年には直江兼続、鷹山の師である細井平州、
鷹山の下で活躍した重臣の竹俣当綱、莅戸善政が配祀されました。
松岬神社を出て、上杉神社へ。
舞鶴橋を渡ると上杉神社の参道です。
上杉神社は、米沢城本丸跡に上杉謙信を祭神として建立。
米沢城は、続100名城に認定されています。
ゆかりの戦国武将として、伊達政宗・直江兼続・上杉景勝が紹介されていました
「伊達政宗」が生まれ、25歳で移封されるまで過ごしたのが米沢城です。

小高い場所には、上杉謙信の御堂跡や招魂碑が。

招魂碑は、戊辰・西南戦争で戦死された将兵の慰霊の為に建てられたもの。
後に、日清・日露戦争で戦死された方の霊も合祀されました。
「上杉謙信祠堂(御堂)跡」
越後でなくなった謙信の遺骸は、米沢城の御堂に納めらました。
遺骸は上杉家廟所に移り、御堂があった場所に「碑」が建てられたそうです。
御堂跡地から見た「上杉神社」の鳥居。
「天地人像」

大河ドラマ「天地人」放送によって全国に示された主従の強い絆や
上杉家に継承されてきた義と愛の精神を後世に残していく事を願い建立された

上杉景勝公と直江兼続公主従像です。

因みに、主役の直江兼続公は妻夫木聡さん・子ども時代は加藤清史郎さん
上杉景勝公は北村一輝さんが演じられていたみたい。

面白そうな大河ドラマなのに、何故か見ていなかった私・・・
そして、上杉鷹山公の
「なせば成る なせねば成らぬ 何事も 成さぬは人の なさぬねりけり」
鷹山は、10歳で高鍋藩秋月家から養子になり、17歳で米沢藩9代藩主に。
120万石から30万石、その後15万石に減封され、苦しい財政を
質素倹約・殖産興業で立て直した名君だった上杉鷹山公。

「上杉鷹山公像」と「上杉謙信公像」
春日山の方角を見つめた等身大のブロンズ像と上杉謙信公についての説明文。

長い説明文(謙信を語るには短い)ですが、パンフレットの要約?内容は
「謙信は越後の龍・軍神と称されるほどの戦上手な戦国武将として有名。
武田信玄との川中島の戦いは有名で、常に義を重んじる姿勢が人気の武将」
そして、その上杉謙信を祀っている「上杉神社」へ。
上杉謙信にあやかって開運招福・諸願成就・学業成就・商売繁盛のご利益が。
パワースポットでもあります。
上杉神社は、1919年の大火で本殿以下ことごとく焼失してしまいましたが、
1923年には伊東忠太氏の設計で見事な本殿と拝殿などが再建されました。
上杉神社の御朱印。
「上杉鷹山を大河ドラマに」の幟。
「○○を大河ドラマに」って観光地に行くと良くありますよね。
最近見たのは、ジョン万次郎・宇喜多秀家・北条5代とかかな・・・
以前は、木曽義仲の署名をしたこともあったなぁ~(もう15年ほど前?)
紙芝居をみせてくれる場所もありました。
演目は、「謙信公」「景勝公」「鷹山公」など・・・
パイプ椅子を置いてくれていたので、ゆっくりと見る事が出来ました。
ボランティアさんは紙芝居だけでなく無料ガイドもしてくれるみたいです。
再び「舞鶴橋」を渡りました。
国登録有形文化財の「舞鶴橋」は、1886年建築。
米沢城の別名の「舞鶴城」が名前の由来です。
国登録有形文化財の「上杉伯爵邸」
上杉家14代当主、上杉茂憲伯爵の本宅でした。
現在は、飲食店になっています。
米沢城の堀にあたるのかな~?
上杉博物館
最後の行ったのは、伝国の社「米沢市上杉博物館」
伝国の社は、上杉鷹山が遺した藩主心得の「伝国の辞」から来ています。
米沢藩上杉氏の歴史を知る「上杉博物館」に入館しました。
入館してすぐに、上杉謙信・上杉景勝・直江兼続の三方。
兜を飾るのは「愛」の前立、直江兼続公。
幼いころから、上杉景勝に仕えていたとの事で、主従関係を越えた関係。
側近として支え続け、上杉家の政治と外交の中枢として活躍して、
家臣団の中で一番の権力を有するまでになりました。
豊臣秀吉政権時の五大老で米沢藩初代藩主の上杉景勝公。
叔父の上杉謙信の養子となり、家督争いに勝利して謙信の後継者に。
前立は、金地の大日輪に3軍神の文字が鋲留されています。
そして、越後の龍・義の人の上杉謙信公
最強の武将・軍神でありながらも、何度も戦ったライバル武田信玄が息子に「困ったら謙信を頼れ」と言ったと言われるほどの人柄だったみたいです。
「成せばなる 成さねばならぬ 何事も」の
名言を残した九代藩主・上杉鷹山公についての展示も多かった「上杉博物館」
鷹山の事績を紹介する「鷹山シアター」
改革を指導し、成功に導いた九代藩主上杉鷹山。
西村和彦さんが、鷹山を演じてドラマ仕立てになって分かりやすかったです。
ロールプレイングゲームみたいに米沢城を探検できるコーナー。
「置賜の女王」
5世紀後半から6世紀初頭に築かれた古墳から出土した女性の人骨。
長さ約24mの古墳から出土した人骨は、身長143~145センチ、
40歳前後と推定、地域名にちなみ「置賜の女王」と呼ばれています。
歯の核DNAにほぼ完全な状態で遺伝子情報が残っていて
解析の結果、目や肌の色、頭髪の特徴が判明、そして顔や衣装を復元。
髪は黒の直毛、肌は褐色系で、垂れ目気味な一重まぶたが特徴だそうです。
古墳時代の女性豪族の姿を復元するのは全国初だったらしい。
数千に及ぶ上杉氏ゆかりの貴重な品々や国宝が収蔵されています。
その中でも、みどころは、国宝「上杉本洛中洛外図屏風」。
京の都の日常風景を描いた屏風は、信長から謙信へ送られたものらしいです
とても立派な博物館でしたよ。
上杉神社・上杉博物館を巡り、松が岬公園を後にします。
伊達政宗誕生の地の米沢ですが、上杉色が濃かった。
伊達政宗と言えば、仙台なのかな~
米沢の町も面白い所でした。
2日目③ 山形・芋煮会フェスティバルと蔵王温泉 キャンピングカー旅行に続く














































































