2025.8.22~8.27
南三陸海岸・キャンプと車中泊のキャンピングカー旅行
2025年8月22日~8月27日の5泊6日の南三陸海岸の旅行記。
車中泊3泊・キャンプ2泊の旅の備忘録です。
よろしければお付き合いください。
8月23日(土) 2日目
おはようございます。

「道の駅さんさん南三陸」で、迎える2日目の朝です。

車中泊のお仲間も数台いましたよ。

良いお天気の中、朝の散歩へ。

この辺りも、東日本大震災の津波の被害にあっています。

うみべの広場まで歩きました。


1960(昭和35)年5月24日のチリ地震の「津波災害記念碑」

チリ地震の津波で、旧志津川町内の、41名が犠牲・312戸の家屋が流失・
倒壊 653戸・半壊 364戸・浸水 566戸の被害を受けたそうです。

この津波の記憶を未来に伝えようと、
1990年に国鳥コンドルの碑がチリから贈られ、
1991年には南三陸町がふるさと創生事業の一環としてチリ人彫刻家に
依頼して創ったイースター島のモアイが、志津川地区の松原公園に設置。

そして、その20年後・・・

東日本大震災で松原公園は被災。
流出したモアイ像の頭部は瓦礫の中から発見され、
志津川高校の敷地内に移設されました。

「海に破壊された日本の町に、人々が再びそこで生きていきたいと
思えるようなマナ ( 霊力 ) を与えるモアイを、贈れないのか?
私は息子とともに、日本の人たちが必要としているモアイを彫る!」と、
93歳の老彫刻家のマヌエル・トゥキ氏は、
イースター島の長老会に協力を求めたそうです。

その言葉に長老会は大きな拍手で包まれたらしいが、
イースター島の石を使い彫られたモアイ像が、島外に出たことはなかった…
しかし、2013(平成25)年5月イースター島の石を使ったモアイ像が
約17,000㎞の距離を旅して、南三陸の地に降り立ちました。

南三陸町を訪れた息子のベネディクトトゥキ氏は、
津波の惨禍を目にして涙を流されたとの事。
そして、設置されたモアイに白珊瑚と黒曜石で作られた眼を入れたそうです。
眼が入ったモアイは世界に2体しかないため、非常に貴重なもの・・・
そんな、物語がある「モアイ像」を見て来ました。

門外不出だったイースター島の石を使って作られたモアイ像を見た後は、
一旦、「南三陸さんさん商店街」に戻ります。

その後は、「南三陸町震災復興祈念公園」へ。

道の駅さんさん南三陸や、南三陸さんさん商店街とは橋で繋がっています。

橋を渡ると・・・

震災遺構として残された旧防災対策庁舎が。

橋を渡るのは、後にして朝ご飯にします。

中央に位置する、震災伝承施設「南三陸311メモリアル」・
観光交流施設「南三陸ポータルセンター」を挟んで、
「南三陸さんさん商店街」と交通拠点施設「JR志津川駅」と
「南三陸町震災復興祈念公園」があるような配置。

駐車場から見て、右のガラス張りの場所が、トイレと「志津川駅」。

駐車場から左側を見ると、観光交流施設「南三陸ポータルセンター」。

その奥に見えるのが、「南三陸さんさん商店街」です。
右端の斜めの棒の所が、震災伝承施設「南三陸311メモリアル」。

此処には、後程入館します~

「南三陸町震災復興祈念公園」に渡る橋を見ながら、朝ご飯。

「JR志津川駅」の建物内には、トイレと周辺の案内が提示されていました。

JR志津川駅の線路は津波で流失。
今は、BRTバスが走っています。
震災伝承施設「南三陸311メモリアル」の裏側。

このうさぎさんのベンチに座って、川を見ながら朝ご飯を食べてから、
出発しましたよ。
2日目② 南三陸海岸・キャンプと車中泊のキャンピングカー旅行に続く










